錦秋のベルギー



[ 旅に出る ]

「お母さん、行こうよ」
旅は、三女の一言からはじまった。
9月はじめから、次女一家がオランダはロッテルダムに住んでいる。
次女は、もともと、だれにでもすぐ馴染めるような子ではない。
見知らぬ異国で心細い思いをしているのではないか。
特に寒い時期が苦手。
冬になったらオランダ訪問したいとは思っていたが、OL一年生の三女は長期に休めるのは11月しかないという。
思い立ったが吉日。というわけで、ガイドブックやオランダ在住者のHPなどで情報をえながら、計画を立てる。
まず、HISで航空チケットの手配。
KLM、ルフトハンザなど直行便もあるが、高い。
香港経由で、若干、時間はかかるが、安さでキャセイを選ぶ。
アムステルダムに早朝着くため、まずはベルギーに直行し、そのあと、もどりながらロッテルダムへ向かおうと、
おおまかなプランをたて、ネット検索し、ホテルの予約を取る。 これが、約一ヶ月前。
(このあと、横文字の迷惑メールが届くようになる。やれやれ)
そこまでで、なんだか達成した気分になったのと、こまごました雑用に追われ、旅支度が後回しに。
出かける数日前になって、あわてて荷物をまとめる。
気ままな個人旅行だし、むこうには次女がいる。行けば、なんとかなるだろう。

    ↓ 今回の目的地域

   

ちなみに、文中に出てくる ユーロ だが、1ユーロ=150円に換算するとわかりやすい。


11月14日 午後、中部国際空港発 台北で客の乗降があり、香港で乗り継ぎ。
名古屋を出てしばらくして夕食。台北を出てすぐ夕食。さすがキャセイ、そのたびに機内に中華料理店の匂いが充満する。
夜中に香港を出て、またすぐ夕食が用意されるが、それはパスして、ひたすら眠る。
アムステルダム・スキポール空港についたのは翌日の早朝。眠い・・・

空港の一階におりれば、そのまま列車やバスのターミナルにつながっている。
ここで、インターシティという、オランダ、ドイツ、ベルギー、フランス・・・
国境を越えて縦横につながっている国際列車に乗り込み、ベルギーのブリュッセルへむかう。

  ← 列車、バスなどの乗車ロビー  


[ ブリュッセル ]

アムステルダムからブリュッセルまで、国境を越えて約3時間。
この間、車窓からみえる景色は、ずーーーと平地。見渡す限り、山地どころか小高い丘さえ見えない。
細い水路や低い柵で区切られた草地に牛や羊の姿が点々。のどかな風景が続く。
牧草地というと乾いた土地というイメージだが、こちらは、緑の草野のあいだに水がたまっている。
じとじと湿っているだろうに、防疫はだいじょうぶだろうか、なんて思ってしまうが、温度が低いから心配無用なのかな。

こちらの鉄道は改札出札がない。車内で車掌が検札するだけで、列車をおりれば、そのまま外へ出られる。
これでは、乗り越しやキセル乗車しても、ばれないんじゃないか。
国境を越えているから、
「えーと、そちらで乗車した客が乗り越しまして、こっちで精算したんですが、そっちの分が1ユーロ、こっちの分で5ユーロ徴収しました」
なんて、やりとりが面倒なんだろうか。
そのかわり、違反がみつかったときの罰金は、エライことらしい。

  ← 大きい方が窓口で、小さい方は自動発券機で買った切符


ブリュッセルに昼前到着
ここで次女と合流する予定だったが、ベビーの体調が悪かったのでキャンセル。

グランプラス近くのホテル・モーツァルトにチェックイン。
土地の発音ではモーツァルトではなくモザール。どおりで通じないわけだ。

        

ロビー、階段、廊下から部屋まで、クラシックな絵や装飾で飾られ、レトロというか、乙女チックというか、ゴテゴテというか(苦笑)
中世ヨーロッパの香りがする小さなホテル。
鍵もいまどきのカードキーではなく、ガチャンと閉め、出かけるときはフロントに預けるという、昔ながらのスタイル。
トリプルの部屋が用意されていたが、二人分で98ユーロ。良心的である。

荷物をおいて、さっそく王立美術館へ向かうも迷子になりかける。
これは、その途中、小さな丘から見下ろした街の光景。ベルギーに来て、ようやく山らしきものが遠くに見えた。




王立美術館は古典から現代まで、充実した美術館らしいが、ここまでたどりつくだけで、ヘロヘロ。
とりあえずお目当ての17・8世紀の部屋に行くが、ルーベンスはほとんど貸し出し中(涙)。
もちろん、ほかにもいっぱい絵があるのだが、表示が読めない(涙)ので、どれがだれのかわからない。
しかも、この部屋は1時に閉鎖し、つぎに、12時から1時まで(職員ランチのため?)閉鎖していた14・5世紀の部屋が開くというので、そっちへ移動。
14・5世紀の展示のずーっと奥にブリューゲルがあったのに、そこへたどり着く前に、うじゃうじゃ並んだ宗教画に目がくらくら。
いちいち見ていたわけではないが、受胎告知やら磔からおろされたキリストやら悪魔の誘惑やら、濃い色合いに酔いそう。
疲れで頭がぼーっとして、途中で挫折し、外へ出てしまう。
あとになって、ああ、ブリューゲルが・・・事前に学習したはずなのに・・・と思い出したが、後の祭り。
大切なことはガイドブックに赤ペンで書いておけばよかった(涙々)。と、後悔しきり
ミュージアムショップには、日本語版の図録もあり。
ブリューゲル絵本を買おうとしたら、店員さんが、「これ、オランダ語です。いいですか。英語もあります」と日本語で教えてくれる。
どうやら、日本人観光客がわんさか来る場所らしい。たしかに、ほかにも日本人がちらほらいたっけ。

くたびれ果てて、グランプラスにもどる。
グランプラス、つまり Grand Place 。広場である。

   

ここは、中世ギルド商人、貿易商たちの栄華のあと。四角い広場のぐるりを囲むように、豪華絢爛な建物がそびえたっている。
夏には、この広場いっぱい、色とりどりの花でじゅうたん模様が描かれるらしい。


       


これでも、かなり画像調整をしたのだが、実際は尖塔あたりがもっと金ピカ光っていた。


 ← ずっと曇っていた空が、いっしゅん晴れた。青空を見ると、ホッとする。

    


何組ものポーランド人グループがビアホールのオープンエア席を占拠し、そろいの真っ赤なマフラーや旗を振り回して気勢をあげていた。
サッカーの試合で勝ったのか? 国で、よほど楽しいことがないのか? ポーランド人は、深夜まで大騒ぎしていた。

グランプラス一帯には、レストラン、居酒屋、土産物屋、チョコレート屋、レース屋が軒を並べている。
店のウィンドウは、どこもクリスマス仕様で、きらめいている。

  


次女が予約した店を目指すも、またも方向感覚が狂い歩き回る。
疲れで三女不機嫌になる。方向音痴ではないはずだったが・・・自信喪失。
ホテルにもどってから、明日にそなえてガイドブックを首っ引き。




ホテルの窓から見える夕景。
空は一日中、どんより曇っていた。日暮れが早い。ヨーロッパの秋は、陰鬱な秋である。



[ ブリュージュ ]

朝7時で真っ暗。8時でようやく薄暗くなるくらい。 駅で時刻を調べ、クロワッサンとコーヒーを買う。
9時の電車で1時間、ブルージュへむかう。
ブルージュを土地の人はブリューシュと発音した。いずれにせよ、ブリッジ・つまり「橋」の意。
それくらい運河が縦横に流れ、橋が多い町。
中世には、その運河を使い、織物、手工芸品、香辛料などの交易、取引の街として栄えたが、近世になって衰退。
近年、町をあげて街並みを再生復活させ、いまや観光地としてよみがえった町らしい。
英仏伊露独蘭語のほか日本語の説明まである駅コインロッカーに荷物を預け、市バスで3駅、マルクト(market)へ行く。
マルクトは交易の中心地だった広場だ。
途中の道の両側にも小洒落た店が並んでいたが、マルクトにおりたっただけで、思わず歓声があがる。

 

  

グランプラス同様の四角い広場なのだが、囲んでいる建物がやや低いため威圧感がない。
そのうえ色取りが美しく、まるでおとぎの国のよう。
濃淡とりどりのレンガ色、白い漆喰、そして、ところどころ差し色の赤。このバランスが絶妙!
一回りキョロキョロしてから、町を周遊する観光ミニバスに乗る。
イヤホンガイドは、やはり英仏伊露独語のほかに、日本語もあり。
車内には、建物やゆかりの人物を映し出すビデオもあり、効率よく町を廻ることができた。50分で約11ユーロ。
ミニバスのほか、ランタサイクル・観光馬車などもある。

日本でもほんの一画だけ、蔵の町、武家屋敷、などと名乗って観光地化した町はある。
ヨーロッパでも、中世の面影を残した町、というところへ行ったこともあるが、これほど美しい町は見たことがない。
どの角を曲がっても、どの小路をのぞいても、まるで、絵本の世界。ファインダーで四角く切り取れば、それだけで絵になる。

バスをおりたあと、地図を片手に、駅までぶらぶらと歩きながらもどる。どっちをむいても、チョコレート屋、レース屋、小物屋がある。
ベルギーは、国民一人当たりのチョコレートの消費量が世界一多い国だそうだ。たしかに、あちこちからただよう甘い香りが鼻をくすぐる。

川も橋も通りも観光客だらけだが、まだ観光地としてすれてないのか、コワイ雰囲気の人や、ぼったくりぽい店などもなく、気持ちのいい町だった。
日本語ガイドがあったわりには、まったく日本人を見かけなかった。

  

    

   

ほら、見てみて! 思わず歓声をあげたくなるような、蔦の葉が鮮やかな虹のようなグラデーション。
雨はしょぼしょぼ降るし、寒かったけれど、秋に来てよかった、と思った。

 
  

    愛の湖                             ベギン会修道院(O・ヘップバーン主演『尼僧物語』の舞台。現在はアパートになっているらしい)


午後3時の列車でアントワープ経由、ロッテルダムへ。
最初、1等客室に入る。途中で気がついたが、そのまま座っていると、イケメン車掌が検札に回ってきて
「English?  Frenchi?」 と聞く。
「English.a little」と答えると、ゆっくりやさしく、
「切符のここに2とあるでしょう。これは2等車の切符ですよ。ほら、ドアに1と書いてあるでしょう。ここは1等車なんです」
と説明してくれる。初めてわかったように、にっこり笑って2等車の方向をたずね、移動する。


↑ これが1等車。でも、2等車もそれほど見劣りしなかった。向こうに見えるのが、二階建て列車。


アントワープからの列車では犬を連れた二人組。セイン・カミュそっくりさんと「次長課長」河本似のコンビが通路をはさんだ向こう側に座る。
河本もどきが、犬の首の肉をぐいぐいつまんでは、なにやら陽気に話しかけてくる。
どうやら、「この犬はおりこうだぜ、ほら、こんなことしても吠えないだろう。オバカな犬は吠えるけど、こいつはグッドボーイだろ」
と、言っているらしい。
犬は、「またかい、うるさいなあ」といった風情で、相手にしない。ほんとに、おりこうな犬だ。
セインカミュが、こいつの言うことデタラメだからね、といった顔で肩をすくめる。
昔から映画によくあるパターンのコンビそのもので、笑える。

  デジカメでとったため、少し見にくいが、犬がこっちに尻をむけて寝そべっている。


ロッテルダムで、ようやく次女一家と合流する。
アパート(日本でいう”マンション”は本来”お屋敷”。こっちでは、口にできない)は、広くて住みやすそう。
安心する。
オランダ料理はうまくない、というので、夕食は中華レストランへ。
中華は世界中どこにもあるが、通りを歩くと、旧統治国であるインドネシア料理店も目に付く。
「わさび」「とまや(大和)」など怪しげな名前の日本レストランもある。
わたしたちが泊まったホテルのレストランは「サクラ」だった。

ところで、オランダ人はみな背が高い。190cm、200cmはざら。女性でも170cm以上、ニョキニョキといる。
次女の住むアパートの調理台も、ホテルの洗面台も、踏み台が要るくらい高い。
ホテルのセキュリティボックスなんて、神棚か! というくらい高い棚に鎮座していた。
男性小トイレも、人によっては困るらしい。


* 後半に続く





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