わたしの映画館 T


2002年10月〜2003年5月

 『活きる』
 『シカゴ』
『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』
 『THE LORD OF THE RINGS 旅の仲間・二つの塔・王の帰還』
 『猟奇的な彼女』
 『カサブランカ』
 『ボンベイ』
 『人生は琴の弦のように』
 『オー・ブラザー!』
 『チョコレート』
 『たそがれ清兵衛』
 『ロード・テゥ・パーディション』




『活きる』  中国(2003年5月 ビデオ)

  監督     チャンイーモウ
  フークイ   グォ・ヨウ
  チアチェン  コン・リー

1940年代
金持ちのドラ息子フークイ(福貴)は女房子どもをほったらかしで賭け事三昧。
身重の妻が堪忍袋の緒を切らして実家に帰った翌朝、負け続けた賭けの抵当で屋敷は没収。父親はショック死。。。
半年後、ようやく目がさめたフークイのもとに、長女と産まれたばかりの男の子を連れて妻が帰ってきた。
しかし、商売をやり直そうにも元手がない。
恥を偲んで、賭けの相手を訪ねると、 渡されたのは得意だった人形芝居の道具一式。
「芸が身を助けるほどの不幸せ」  仲間たちと旅芝居に出るが内戦に巻き込まれ、
フークイは共産軍の雑役夫となり、車の好きなシュンシェー(春生)は運転手としてのこる。

1950年代
フークイがようやくのことで家にたどりつくと、妻と子どもたちは極貧の中で暮らしていた。
それでも一家は無事だった。ささやかな幸せを噛みしめるフークイ。
一方、賭けの相手・屋敷の持ち主は、反動分子として処刑されてしまう。
富国強兵のため、家庭から鉄器を徴集し町をあげての不眠不休の精錬作業。
その最中、息子は交通事故で即死。はねた相手はなんと、出世して戻ってきたシュンシェー。
悲嘆にくれる妻は、シュンシェーがいくら詫びても許す気にはなれない。

1960年代
病気の後遺症で聴覚障害のある娘も年ごろとなり、労働者階級の青年と結婚。
ようやく訪れた幸せ。一方で、文化大革命の嵐の中、シュンシェーは走資派と糾弾される。
人目をしのんで別れに来たシュンシェーに、妻は叫ぶ。
「あんたは、借りがあるんだからね。活きるのよー」
やがて、娘のお産が・・・・

とまあ、次から次へとおしよせる時代の波に翻弄されながら、懸命に活きる家族の物語。
「禍福転々」「塞翁が馬」という言葉を思いだしてしまったが、映画は、けっして 悲しいばかりではない。
随所で笑わせたり・・・ユーモアとペーソス。哀歓こもごも、ひっくるめて
活きる! 活きよう! 活きてこそ人生! のチャンイーモウの世界。
いや、中国三千年、動乱につぐ動乱を生き抜いてきた中国人の智恵か。


『シカゴ』  (2003・4/21  アメリカ)

監督      ロブ・マーシャル
ロキシー    レニー・ゼルウィガー
ヴェルマ    C・ゼタ・ジョーンズ
弁護士     リチャード・ギア

アカデミー作品賞・助演女優・音響・美術 etc 各部門を獲得した作品。
ハリウッド大作! と喧伝された映画は敬遠しがちなへそ曲がりだが、これは期待していた。
で、まさしく期待通り。
1920年代、欲望渦巻く歓楽の街、シカゴ。
一流キャバレーのトップダンサー、ヴェルマは開幕ギリギリに楽屋に飛び込み
着替えもそこそこに舞台にたったが、そこはプロ! 素晴らしい歌と踊りを披露する。
フロアーの片隅で、ショーダンサーを夢見るロキシーがうっとり見とれているそのとき、入り口には警官が、・・・
妹とマネージャーを殺したヴェルマ、「マネージャーを紹介する」と騙した浮気相手を殺したロキシー、
二人の美しい殺人犯は女性刑務所へ収監される。
しかし、刑務官ママと辣腕弁護士ビリーの手にかかれば、殺人犯も悲劇のヒロイン、いや、マスコミの寵児に。
そして、法廷までがショーの舞台になってしまう。

つぎつぎと繰り広げられるショー・ダンス・歌・・・ 見事です。迫力です。
一流のエンターテインメントショーです。
ゼタ・ジョーンズの貫禄はもちろんのこと、リチャード・ギアのタップダンスはお見事!
ポスターを見たときはレニー・ゼルウィガーがショーダンサー? と思ったけど、
這い上がって有名になることしか頭にない、おつむの軽い、田舎出のダンサーを熱演している。
レニーの、どことなく垢抜けないところが、役柄にぴったり。
女刑務官・ママ役のクィーン・ラティファが、もうそりゃあ大迫力!
法廷術や駈け引きに長けた弁護士がつけば殺人を犯しても無罪になるのか、マスコミのあり方は。。。
などなど、深刻に考えるのは野暮というもの。
人生も法廷も、 一夜のショーか操り人形劇か。いやいや、♪ All That's the Jazz! 

これはもう、頭からっぽにして、映画館の大スクリーンで見てください。


『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』(2003・3/29  アメリカ)

監督    S・スピルバーグ
フランク  レオナルド・デカプリオ
トニー   トム・ハンクス
フランクの父  クリストファー・ウォーケン

絵に描いたような幸せな一家の一人息子フランク。しかし、事業の失敗から家は差し押さえられ
小さなアパートへ。 その上、母親の不倫。そして離婚・・・
家出をしたフランク少年は尊敬する父から貰った小切手を使おうとするが、 すでに不渡りで使えない。
金の有難さとレッテルや見かけで判断する世の中を身をもって知ったフランクは、 ある時はパイロット、
またある時は小児科医、あるときは地方判事助手となり・・・ このあたり、コスプレ@デカプリオが楽しめる。
あ、初期の『007』。あ、『ベン・ケーシー』かな。と60年代の懐かしい画面もふんだんに登場し、 ポップなコメディタッチ。
天才詐欺師が振り出す巧妙な偽造小切手の足どりを必死で追う、FBI捜査官トニー。
ぶきっちょでドンくさいけど、誠実で人がいい捜査官。これがまた、トム・ハンクスにぴったり。
(ギャングより似合うよ>トム)
やがて、追う者、追われる者のあいだに奇妙な関係が生まれ、 トニーはフランクの保護者のような感情さえ・・・
ここらあたり、ルパンと父っつぁんこと銭形刑事か。
で、とうとう父っつぁんにつかまったフランク少年は更正して FBIの偽造小切手などの犯罪捜査に協力、
今では立派な社会人となりましたとさ。

スピルバーグ作品は”親の離婚”と”周囲から理解されない孤独な才能ある少年”が キーになっている、
となにかで読んだけど、まさにドンピシャ。
少年が詐欺を働くのも、両親に元の暮らしを取り戻させてあげたいから。
でも、母親は、とっくに夫を見捨てて別の男と再婚している。
父親はいつまでたっても税務署が悪い、いつか見返してやると、現実を見ていない。
会う度にどんどんみすぼらしくなって、それでも虚勢を張る父親を、
一癖も二癖もある性格俳優クリストファー・ウォーケンが好演。
指紋鑑定などFBIの捜査方法が、まだアナログでトロイい。それだけに、人間味が溢れていたのかも。
ブギーでポップなコメディに浪花節的人情をくわえた、実話にもとづく、いかにもアメリカ的映画でした。

「だからね、どんな環境におかれても、愛情と信頼を注いでくれる大人の存在が大切なんだよ。」と
スピルバーグの 声が聞こえてくるよーな。
でもさあ、そこまで親子の情にウェイトをおくのに、婚約寸前までいった 彼女のその後に触れないのはなぜ? 
女心をふみにじったままなの? フランク少年は。


『THE LORD OF THE RINGS 旅の仲間』(2003・3/8 ビデオ)

監督  ピーター・ジャクソン
フロド  イライジャ・ウッド
サム  ショーン・アスティン
アラゴルン  ヴィゴ・モーテンセン

あの長い深い物語の映画化と聞いたとき、まっさきに拒否反応があった。
細かいところは忘れたが、自分の中で強いイメージがあったから。
でも、第二部はかなり評判がいい。ちょっとクラッときた。まず順序として 第一部から見る。

登場人物も舞台となる国や部族の名前も、わんさかテンコモリ。 これをどうやって処理するのだろう・・・
と思ったら、まっさきに指輪の持つ恐ろしい力、それを巡る攻防の歴史、などが 手際よく紹介される。
そこから、カメラはホビットの村へ。
ここは原作を知らない人には長く感じたかもしれないが、
ホビットたちの 食いしん坊でおしゃべり好きで、陽気で快活な気性がよく出ている。
このホビットの性格がこの物語に大変重要なキーなのだから。
しかし、フロドは、見かけは若いが分別も思慮もある中年男ではなかったか?
どうも、わたしの中のフロド像としっくり重ならない。まあ、美形でかわいいから、いいけどね。
で、以後、指輪を託されたフロドの旅が始まる。
老魔法使いガンダルフ。魔法使いといっても箒に乗るわけではない。予知能力。情報収集能力。といったところか。
この世のものとも思われぬ美しさと不死の妖精族、エルフ。斧を持ちヒゲをはやし、ずんぐりむっくりしたドワーフ。
それに、悪の集団のオークや黒い馬。。。こういったものたちのイメージが立ち上がる。
第一部は人物紹介、物語の序章だから、 原作からすっとばしたところ、大げさに描いた場面もある。
原作のゆっくりした時間の流れとあまりに違うテンポの速さにとまどうこともしばしば。
だって、指輪をめぐる会議だって何日もかかっているのだし、そもそもフロドが出発するまでの準備期間だって
一年かかっているのに、 あっというまに旅に出てしまう。
じゅ、準備はぁ?! 糧食はぁ?!
でもまあ、これはしかたがないだろう。
全体として、物語の味を損なうことなくうまくダイジェストされて、まずまず楽しめた


『THE LORD OF THE RINGS 二つの塔』(2003・3/13)

というわけで、第二部。
これが予想以上に面白かった。
一部の終わりで、バラバラに別れてしまった旅の仲間たち。
指輪を持ったフロドと忠実なサムは亡びの山めがけて、ひたすら進む。
とちゅう、前の指輪所有者・ゴクリ(映画の中ではゴラム)と 出会い、道案内をさせる。
陽気なメリーとピピンは、いったんはつかまったオークから逃れて木の精・エントたちを奮い立たせる。
そして、レゴラス・アラゴルン・ギムリは・・・ガンダルフは・・・・と それぞれ違う場所での違う展開を、
カットバックで同時進行的に見せてくれる。これが、 とても分かりやすかった。
戦闘場面は、これぞ映画! これぞ活劇! エンターテインメント! という醍醐味だ。
城砦にこもる民衆。不安を隠して刀を握る少年を励ますアラゴルン。
黒い槍を手にしたオークたちが陸続と攻め寄せる場面の大迫力。
長い鉄ハシゴから次々かけ上って来る敵をバッタバッタとなぎ倒す勇士たち。
しかし、奮闘むなしく難攻不落を誇ったはずの城壁が崩され、いよいよ風前の灯火かと思った、そのとき。。。
なんだかおかしくて、なんだかわくわくして、こっちも体を揺らしながら見入ってしまった。
前回気になったテンポの違いや省略したところも、それほど気にならなかった。
セオデン王がいやに気弱なのが・・・しかし、アラゴルンやレグラスたちを含めて、
今回は登場人物たちの人間味がより表現されていたようだ。

そしてなにより、わたしがこだわったゴクリ。
指輪を巡る攻防は、特に映像ではビジュアルに、白いグループと黒の悪集団、と単純に描かれてしまう。
それは仕方がない。
しかし、この物語の中でゴクリは、人間の中に混在する善と悪、両方の象徴として重要な役割を担っている。
いいスメアゴルと悪いスメアゴルが葛藤しながら独り言をつぶやくシーン。
これが、よく出来ていた。
いやあ、満足満足、の第二部であった。



『THE LORD OF THE RINGS 王の帰還』(2004・2/19)

第2部が、見せ場や華々しい戦闘シーンの連続――レゴラス馬ヒラリとか火のついたエントじゅっ! とか
槍ぶすまにつっこむアルゴランとギムリとか、 もうもうつっこみどころ満載――で、
もう充分、映像的クライマックスを迎えてしまい、なんだか精根尽き果てた気分。
これでは、正と邪の最終決戦、フロドが運ぶ指輪の行方、と真のクライマックスを迎える第三部はどうなるんだろう。
しかも、一旦解決したかにみえて、さらにもう一山・・・それもミステリーのような犯人確保かと思ったら!!!
というのではなく、なんというか残務処理のような・・・・があるのだが、それをどう処理するのだろう。
どこまで感動を引っ張ってくれるのだろう。と、心配なような期待が高まるような複雑な思いで公開を迎えたが、
いやあ、ジャンクソン監督、やってくれました!
冒頭の、若かりし日のスメアゴル登場で、ゴクリファンのわたしゃ一気に感動。 映画世界に没頭することができた。
しかし、ボロミア同盟とか、アルゴラン様(らぶ)とかレゴラスかっこいい!という ファンはおおいだろうが、
ゴクリ(ゴラムとは言いたくない、断じてゴクリである)ファンを 称する物好きは、わたしくらいなものだろうか。あ・はは

アルゴランの癒しの手、アルゴランにふられたエオウェンとファラミアが恋におち、などカットされた部分、
追放されたサルマンの最後の悪あがき、など時間的経過が長すぎてはしょられた部分
(ほんとに、原作はそういうところが丁寧というか、まだるっこいのだ)も多々あるし、
デネソール侯(ボロミアとファラミアの父)が、ストーリー展開上とはいえ、絵に描いたような馬鹿っ殿にされてしまって、
あれでは忠誠をちかったピピンの立場がないじゃん。
とか、突っ込みどころは多々あるが、それより、やはり映像ならではの迫力に圧倒。
しかも文字を読んで人によってさまざまに想像したイメージを包括して、
なおかつ見事に創造的に映像化してくれた監督に感謝!
峰々を伝わるのろしには感動した。地理的な位置関係が、わたしにはなかなか想像しにくかったし、
第2部でもわかりにくかったと思うが、 あれで一気に視覚的に物語世界の大きさを掴むことが出来た。
おいおい、いくらなんでもそこは高すぎるでしょう、という峰もあるけど(苦笑)
そして、亡霊たち!  あれこそ、映像の力。
滅びの山へ向かうフロドとサム、ゴクリの息つまる関係。 そして、指輪を捨てるクライマックス。
原作では落下の瞬間が、へ?というくらい短いのだが、映画では最後の最後で指輪に魅入られたフロドの表情など
かなり延々と丁寧に描いていた。でも、ゴクリとの争いはもうちょっと短くてもよかったんじゃないかなあ。
引っ張りすぎ、と、ゴクリファンのわたしは思ってしまうのだ。
だって、彼は、人間の欲望や業を背負ってくれたんだよ。最後の最後まで葛藤して苦しんでいたんだよ。
登場人物の中である意味、一番人間らしいじゃん。

ラストをどこまで描くのか、はしょるのかと心配していたが杞憂。
最後までしっかり描かれていたのも嬉しい。
やっぱり、一抹の悲哀や対価なしの勧善懲悪。シャンシャンシャン。ばんざーい! では嘘っぽくなるでしょう。
知りすぎてしまった男は最後まで荷をせおわなければならないのだよ。>フロド
で、ラストはサムの笑顔で救われる。凡人は、平和が一番。普通が一番。
一家に一人、忠実な従僕サムワイズ。一家に一匹、取り扱い注意のペット、ゴクリ。

第1部は導入だったから、原作を知らない人には少々退屈だったかもしれない。
とくに出だしが。しかし、あれは絶対必要条件なのだ。
ホビットさんたちがどれほど平和で幸せな暮らしをしていたか、その平和な暮らしを取り戻すため
フロドたちがどれほど大変な旅をしてきたか、 を対比させるためには。
でもって、あんな大冒険をしたピピンもメリーもフロドもサムも、ごく当たり前に戻っているのがいい。
大冒険を聞かされても、小さな村の暮らししか知らないホビットさんには想像がつかない。
ただのホラ話でしかない。それでいいのだ。英雄はいらない。物語の中だけでいいのだ。

この物語はすごく単純に言えば「正と邪の戦い」だし、正義が勝つに決まっているんだけど
(まあ、正義とはなんぞや、とか、黒集団の戦士に心や感情はないのかという論議は横に置こう)
映画全体を通して、戦いにおもむく戦士たちや諸侯たちから名も無き女や子どもたちまで、家族の愛情や、
嫉妬や恐怖心や奮いたつ忠誠心などなど、心理や情感をきめこまかに描いてくれたことが嬉しかった。

やっぱり全篇通してみてみたい。って、全部で何時間? 
トイレ休憩とランチ休憩、さらにストレッチ休憩をいれて一日がかり。トライアスロンかい。



『猟奇的な彼女』(2003・2/10  韓国)

監督  クァク・ジェヨン
彼女  チョン・ジヒョン
僕    チャ・テヒョン

キョヌはお気楽大学生。兵役が終わった終わった、と仲間と酒をのみ、女の子をナンパすることしか考えてない。
おばさんが会いたがっているのに、ほっぽらかし。兵役以外はまったく日本と変わらない軟弱さ(苦笑)
そんなキョンヌがひょんなことから外見はとてもキュートなのに、とんでもなく凶暴な女の子と知り合ってしまった。
これがまあ、思い込みが激しいわ、勝手なことを命令するわ、隣りの席の援助交際オヤジに喧嘩を売るわ・・・
もうキョヌははらはらしっぱなし。振り回されっぱなし。でも、なぜ彼女がこんなに猟奇的なのか・・・
恋人を失った痛手を癒してあげたい。キョヌは、一途でかわいい彼女に次第に惹かれる。
彼女との付き合い方の鉄則も飲み込んできた。
その1。女らしいことを要求してはいけない。
その2。酒は3杯以上飲ませないこと。人を殴りまくるから。
その3.時には留置場に行く覚悟を。
その4。殺すって脅された時は、ほんとに死ぬつもりで。
突っ張っていた彼女も、徐々に女らしさが垣間見えるようになる。そんな自分の変化にためらいながらも、
キョヌへの気持ちを素直に認めざるをえない彼女・・・
しかし、二人は2年のあいだ別れて、気持ちを確かめよう、と決める。
ここらが、わからなかった。なぜ、別れなければならないのか?? 
ラスト。すべての時間、すべての伏線がここへ集約されていくのだが
彼女のお見合いから地下鉄のシーンで終わってもよかったのではないか?

チョン・ジヒョンが可愛い。
こんなエキセントリックなことしても許されちゃうのは、やっぱり美人は得か、なんて
一瞬ひがんでしまう(苦笑)が、 心がきっぱりしているのが伝わる。
チャ・テヒョンのお気楽さがいい。筒井道隆+林泰文(しばらく見ないが、大林映画によく出ていた)的”坊や顔”。

生まれ年が一年ちがうからタメ口をきくな、とか、両方の家に見られる親の権限の強さ・・・
付き合ってもなかなかキスにもいけない プラトニックさ、など、やはり韓国らしさも見える。



『カサブランカ』(2002年12月自主上映会)

    監督:マイケル・カーティス
    リック:ハンフリー・ボガード
    イルザ:イングリット・バーグマン

ナチスドイツが勢力圏を広げつつある時代、ヨーロッパからアメリカを目指す亡命者はマルセイユから地中海を渡り、
モロッコのカサブランカでリスボンへの便を待つ。しかし、正式な通行許可証はなかなか手に入らない。
一応自治権は保っているものの、カサブランカはドイツ軍におさえられ、ドイツ将校がのさばっている。
町には闇のマーケットや怪しげな有象無象がうようよ。
しかし、高級クラブを経営するリックは、そんなアコギな仕事はしない。客と酒を飲まない。
女が「昨夜はどこにいたの」と色目を使っても「そんな昔のことは忘れた」
「今夜はどうするの」「そんな先のことはわからない」とクールでダンディ。カッコイイ!!
だから、警察署長からも闇の連中からも一目おかれている。
クールな顔をしていても、ホントは人情家で信頼できる男だと。
そこへ、法外な値段で許可証をさばいている男が「少しのあいだ預かってくれ」とリックに書類を預ける。
それは、ドイツ軍に追われていた二人を殺して掠めたものだった。
男は逮捕後、消され、リックは2枚の許可証を労せずして手に入れた、というわけ。
地元警察もドイツ軍も血眼になってさがす許可証は、パリ時代から一緒のピアノ弾きサムのピアノの中にある。
そこへ、ドイツ軍に追われる地下組織の有力メンバー、ラズロと妻のイルザが店にやってくる。
イルザはサムに気がつくと「あの曲を弾いて」
♪as Time go by ・・・
「なぜこの曲を弾くんだ」リックの視線の先にはイルザが。見つめあう二人・・・
彼女こそ、忘れようとしても忘れられない苦い恋の思い出。

わあ、懐かしい懐かしい。何度もテレビでみたはずなのに、忘れていた細かいネタや科白がゾロゾロ・・

リックはパリ時代を思い出す。「君の瞳に乾杯」とシャンペンを飲み交わし、あんなに愛しあったはずのに、
パリ陥落の前日、リックの元に届いたのは「一緒に行けません。わたしを許して」のイルザの手紙。
なぜなんだ!!!
イルザは事情を説明しようとするが、リックは受けつけない。
ドイツ軍はラズロをなんとかして逮捕したいが、モロッコはまだドイツの傘下ではないから手を出せない。
許可証を譲ってくれるよう頼むラズロに、リックは冷たく首をふる。
そこへ店から聞こえてきたのはドイツ軍将校たちが歌うドイツ国歌。
ラズロはバンドに「ラ・マルセイエーズ」の演奏をオーダー。
客も店員も、警察官まで全員がたちあがって歓喜の歌声。 頭にきたドイツ軍はラズロ逮捕の決意を固める。
その夜、ラズロが集会にでかけた留守にイルザはリックのもとへ。 パリの別れの理由を語り、
「本当に愛しているのはリック。貴方なしでは生きられない。ラズロはアメリカで仕事がある。わたしはここで貴方と・・・」
と、かきくどく。
(夫であるラズロ死亡の報に悲嘆しているとき、リックに出会い、さてパリ脱出という日に
実は生きていたと連絡が・・って、なんだかなあ。。でも、バーグマンが美しいから許しちゃう)

ラズロ逮捕を知ったリックは、店の権利を売り身辺を整理し、警察署長にある相談を持ちかける。
イルザとともに飛行場にやってきたラズロ。リックは許可証をラズロに渡し、二人を逃がそうとする。
「話がちがうわ。わたしは貴方と残る」目に一杯の涙をためるイルザに
「君はラズロと一緒に行くべきだ。そうでないと一生後悔する」と、まあ、ダンディズムの極致! 真骨頂! 
霧の中、プロペラ機に乗り込む二人。見送るリック。そこへ将校がかけつける。
リックの手にピストルが。
機影を見送るリックと署長は、やがて、肩を並べて歩きだす。
「リック。君はここにはいないほうがいい。中立地域への移動許可証を発行しよう。二人分」
「二人分? 」
「ああ。これから、君との友情を深めることになりそうだ」

って、こんな科白もあったんだね。なんだか、『お熱いのがお好き』のラストみたい。
つっこみたいところは多々あるけれど、なんといってもボギーのかっこよさ!
それと、今回気がついたのはイルザの旦那役。これってけっこう難しい役どころだと思う。
命を賭してナチスを戦う地下組織の闘士であり、心からイルザを愛し、どこまでも行動をともにしてきた仲であり、
そのイルザがリックと訳ありだったと察しつつ、リックに接近する・・・
下手をすればコキュであり、やすっぽい正義のヒーローになりかねない。
そこをうまく回避して、リックの引き立て役として対等に渡り合っていた。 影になりがちな脇役に乾杯!

『ボンベイ』(2002年11月・ビデオ)

インドのある村。
ボンベイから帰省したセーカルは、川辺で美しい娘Sバヌーをみそめる。
しかしセーカルはヒンデゥー教徒。娘はモスリム。
にこさんからストーリーを聞いたとき、え? チャドルは? と思った。
インドのモスリムは頭からすっぽりではなく、歌舞伎の黒子のように前垂れが顔の前にかかったチャドル。
つまり風がふけばちらりと顔が見える、場合もある。
互いに惹きつけあう二人(きれいな群舞)は だれもこない城跡でデイト。(アリアのように歌いながら恋を語る)
しかし、宗教の違いから両家は大もめ。親子の縁を切られ、駆け落ち同然に二人はボンベイで結婚。
下宿についたら、大屋の親戚の子がいっぱいいて初夜どころではない。
ようやく迎えた夫婦の契り。(ここでも歌と踊り。Mジャクソンの「スリラー」もどき 笑)
それらをのりこえ双子の息子にも恵まれ、二人は幸せに・・・と、ここまでが一時間半。
その大半は歌と踊りだが、美しく楽しい。
Sバヌー役の女優も、恋に焦がれ、はにかみ、恥らいつつそそる、その表情が素敵。

後半、一転して社会派ドラマになる。
1991年。イスラム教徒とヒンデゥー教徒の抗争が勃発し、 ボンベイは騒乱状態に。
息子を勘当した父(ヒンデゥー教徒)が安否をたずねてやってくる。
そこへ娘の無事を確認に両親(モスレム)も。
双子の片方はカマル。片方はカビール。ヒンデゥー名前とモスリム名前、らしい。
またまた、 孫をとりあっての両ジジの対立。ジジ馬鹿を笑っているうちにも事態はどんどん悪化。
町中殺戮。軍隊も動員。とうとう家は焼きうちされ家族はばらばらに。と、もう急展開。

迷子になった子ども「ぼくはどっちなの? どこがどうちがうの?」
拾ったおばさん「きっと道筋はちがっても、最後はいっしょ。神様のところへ行くのさ」

「ヒンデゥーもモスリムもない。おれはインド人だ!!!!」セーカルの叫びが感動的。

そうだよね。歌も流れていたよね。 ♪同じ赤い血が流れているのに、なぜ・・・・と

『人生は琴の弦のように』(2002年11月・ビデオ)

   監督  陳凱歌(チェン・カイコー)
   出演  師匠 : 劉仲元(リウ・チョンユアン)
        シーコゥ : 黄磊(ホアン・レイ)
        蘭秀 : 許晴(シュィ・チン)

中国奥地、黄河のほとり。盲目の師匠と若い弟子が琴を弾きながら旅をする。
これがもう、果てしない時間を象徴するような美しい世界。
360度、細かい砂や岩地、山々が連なる景観。
師匠は、弦を千本切れば目がみえるようになると言われ、ひたすら精進をかさね、今では
歌声だけで村同士の争いを止めてしまうほどの腕。「神さま」と人々の尊敬を受けている。
同じく盲目の弟子、シーコゥは、師匠を敬愛しつつも、生身の娘との恋にうつつを抜かしたりもする。
そして、いよいよ満願。千本目の弦が切れた師匠は、琴に封印していた処方箋を手に町へと戻る。
残されたシーコウと娘は・・・
と書いたが、芸をとるか師をとるか、恋をとるか・・・というような薄っぺらい話ではないし、
いまどき流行りの「癒し」でもない。
禅問答のような、見終わって、ほーっと肩から力が抜けるような、人間のすることはすべて仏様がご照覧。のような。
しかし、わたしは悟れないだろうなあ。きっと。
というか人間はどこまでいっても悟れないんだろうなあ。

ラスト近く、茶店の亭主と師匠の問答。
「どんな人にも人生は舞台にたつのと同じこと。いい舞台にもなればひどい舞台になることもある」
「わしはどうなんだ」
「芝居は終わって見なければわからないさ」

そうなんだろうねえ・・・と、常になく静かな気持ちになってしまう、映画。

『オー・ブラザー!』(2002年11月・ビデオ)

   監督  ジョエル・コーエン
   プロデゥース  イーサン・コーエン
   キャスト  エヴェレット:ジョージ・クルーニー
          ピート:ジョン・タトゥーロ
          デルマー:ティム・ブレイク・ネルソン

1930年代。足錠でつながった囚人三人が脱走。
目的地は、エヴェレットが120万ドルを埋めたというダム予定地。
もうじきダムは完成。そうしたらお宝は埋まってしまう。急げや急げ!!!
伊達男エヴェレット、文句屋ピート、お人好しのデルマー、この三人組のロードムービー。
悪魔に魂をうったという黒人ギタリストと道連れになったり、銀行ギャングの片棒担いだり、
知事選にからんだり、不思議な女性に誘惑されたり、はてにはKKKの儀式
・・・とまあ、カントリーやゴスペルにのって、ずっこけ珍道中。
景色もセットの建物も音楽も、全篇をいろどるオールドカントリーテイスト。美術・音楽が素敵。
最後まで予測がつかない面白さ。ストーリーを書くのは野暮というもの。見てのお楽しみ。

半年ほど前、美容院で若いスタッフと映画話になったとき薦められた映画。
何度かレンタルショップへ行ってもいつも貸し出し中だった。
ようやく借り出せたが、期待を裏切らない面白さだった。
声を出して笑いたい方、ストレス解消にどうぞ。

『チョコレート』(2002年11月)

監督  マーク・フォスター
キャスト  ハンク = ビリー・ボブ・ソーントン
    レティシア = ハル・ベリー

   ジョージア州のありふれた田舎町に暮らすハンクは刑務官。
年とった父は元刑務官。一人息子ソニーも新米刑務官。男ばかりの家族。
この父親が、オンナは××以外に用はない。黒人をniggerよばわりする。
・・・もうどうしようもない差別意識の固まり。クソ野郎。
ハンクも、時代が時代だからオヤジほど露骨にはださないものの、なんの感情もなく仕事をし、
なんの楽しみもなくオンナを買う。・・・オヤジと同種のクソ野郎。
11年の刑期のすえ、囚人(黒人)の死刑執行の日が近づく。手続きや儀式を淡々とこなすハンク。
心優しいソニーは、囚人に気持ちをよせすぎ、動揺を抑えられない。
「お前は母親そっくりのグズだ。どうしようもないヤツだ」
罵るハンクに、ソニーは初めて反抗する。抑えていた激情をぶちまけ・・・
ソニーは自殺!
(わたし、おもわず、ひっ!と声をあげてしまった。近くの席の人。ゴメンナサイ)
ソニーの死は、それまでなんの疑いもなかったハンクの人生観を根底からひっくり返してしまった。
生まれて初めて味わう。挫折。混乱。孤独。
一方、囚人の妻、レティシアは家賃の滞納で立ち退きを迫られ、さらに・・・

とまどい、ためらいながら、自分をおおっていた殻を破っていくハンク。
クソ野郎だった顔つきが優しく柔らかに。そして初めて恋を知った少年のように・・・・
そうさせたレティシアの魅力。感情表現の豊かさ。

このハル・ベリーがアカデミー史上初の主演女優賞だそうだ。
男性ではデンゼル・ワシントンが初だっけ? 
「シドニー・ポワチエが道を切り拓いてくれた」とワシントンが謝辞の中で言ってたっけ ・・・
これまで黒人俳優には賞が与えられてなかったというのだから、ホントにアメリカって国もクソ野郎だね。

それはさておき、いやあ、地味だけど実にいい映画でした。
映画館で観られない方は是非ビデオで観てください。
原題は「monster's  bowl」  死刑執行前日の執行人の宴会のことですって。
「チョコレート」にした意味は観ればわかります。

『たそがれ清兵衛』(2002年11月)

      監督 山田洋次 
       キャスト  真田広之  宮沢りえ  小林稔待  岸恵子 他

ストーリーは藤沢周平の『たそがれ清兵衛』と『祝い人助八』『竹光始末』の三作を合体させたもの。
妻にさきだたれ二人の幼い娘とボケのきた老母をかかえた下っ端武士・清兵衛は
下城のタイコが鳴らされるやいなや、同輩からの誘いも断りまっすぐ家に帰る。
妻の治療費や葬式代がかさみ、内職をしなければ食べていけない。身なりをかまうどころではない。
しかし、出世より家庭を大事にするパパ。いや、おとさまにとって、娘たちの成長を見守るのは、
なににもかえがたい喜びなのだ。
江戸詰めの友人が久しぶりに帰国した。その妹で清兵衛の幼なじみ、ともえが離縁して帰っているという。
ともえがうらぶれた清兵衛の家を訪ねてきた。娘たちもなつき、いっぺんに家の中が明るくなる。
しかし、それは一時の夢。身分もちがう貧乏所帯には・・・
とまあ、藤沢作品を読んでいる人にはもうもうお馴染みの世界、つつましやかにまっとうに清廉に
生きる人たちをきめ細やかに描き出している。これぞ松竹映画の蓄積。

しかし、さすが山田洋次監督。
時代をはっきりだしてない藤沢作品を、映画では明治維新の直前、一つの時代の終わるとき、としている。
ラスト、権力争いに巻き込まれ、切腹を拒む藩士を討つよう命じられた清兵衛。
ただ討つだけでは「よくあるお家騒動」で片付いてしまうところを、藩命もお家騒動も、3年後には意味のない出来事に・・・。
清兵衛も、ともえも、近代自我をもった人間。娘に新しい価値観をもった生き方を託す、という意味付けをしている。

いやあ。真田広之の演技。美しい。殺陣もふだんの所作も、抑えた感情表現も、いい!!
宮沢りえも、キャスチングを見たときは、ん? と懸念したが、凛とした中にも哀しみを演じていた。
いい役者になったねえ。二人とも。しみじみ・・・
脇でよかったのが小林稔待。
この人、それが癖なのか名演技だと思っているのか、口をあけないくぐもったエロキューションが
鼻につくことがある。 それが今回なかった。
声のトーンや台詞回しもこれまでとかなり違っていた。メイクのせいもあって、最初のうち小林とわからなかった。
全体通して、どの役者もオーバーアクションや臭さがなかった。これも演出の力。けれんのなさが好感。

美しい(しかし貧しい)風景。行灯やいろりの柔らかな光。ほの暗い家の中。
心に秘めた思いを露わに出さない日本人の美意識。
いいなあ。やっぱりわたしも日本人だなあ。。しみじみ



『ロード・テゥ・パーディション』(2002年10月)

  監督 SAM MENDES 
  キャスト マイケル・サリヴァン = トム・ハンクス
      ジョン・ルーニー = ポール・ニューマン
      マイケル・サリヴァン・Jr = タイラー・ホークリン
      マグワイア = ジュード・ロウ

マフィアのボス、ルーニーの右腕・ マイケルと一緒に手下に焼きを入れに行ったボスのアホ息子は、
思慮もなく手下を殺してしまう。
パパの仕事は何? たまたま車に忍び込んでいたマイケルJr は現場を見てショックを受ける。
ボスは「そのうち知らなければならなかったことだ。お前もそれを乗り越えた」と寛容だが、
アホ息子は、独断でマイケル一家を襲い、妻と下の息子を殺害する。
難を免れたマイケルとJrは復讐の旅へ・・・
と、ここからは「子連れ狼」の旅。(実際、監督は「子連れ狼」を元にして映画を作ったそうだ)
マイケルを実の息子のように愛するボスは金を渡して逃がそうとするが、復讐心の強さを知って追っ手を差し向ける。
殺し屋ジュード・ロウの鬼気迫る演技。
無垢な少年が現実に直面し、恐怖を克服し、 父の相棒になりつつ、父の危機を救いつつ、
だんだん大人の顔になっていく。
この少年がいい。
そろそろ引退間近なのに息子が頼りなくて・・という苦悩のボスを演じるP・ニューマンが渋い 。
しかし、この人、ほんとにマフィア役がはまるなあ。
トム・ハンクスがギャング?! だが、意外にいい。けど、やっぱりイイ人のギャングなんだなあ。誠実なギャング。

「ぼくより弟が好きだったんじゃないの」
「いや、ピーターはsweet boy だった。お前は、俺に似ている。だからこそ、俺と同じ道を歩いて欲しくなかった」
のマイケル親子の科白。
マイケルを実の息子以上に愛し、ホントはマイケルの方が出来がいいのもわかっていても、
アホ息子を捨てられないボス。
そんな父の気持ちがわかっていて、マイケルに嫉妬するアホ息子。
いやあ、愛だね愛! 父と子の愛の物語。非情なギャングの世界の愛の物語。
女は全然出てこない。母も無用。あ、ラストに母なるものが・・・

さて、この親子に平安はおとずれるのであろうか。。。。まあ、ラストは予定通りだが、映像が美しい。

perdition = 地獄(へ落ちること)・滅亡  だそうだ。
このタイトルはなんとかならんかったのかねえ。たとえば『子連れ狼地獄旅』とか



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