『時雨のあと』 新潮文庫 1982
『時雨みち』 新潮文庫 1984
「時雨みち」など短編11篇。人生にはぎりぎりの選択、取り返しのつかない苦い思いが必ず一つや二つある。
『用心棒日月抄』 新潮文庫 1980
藩の陰謀をうっかり耳にはさんだがために、許婚の父を討ち脱藩するはめになった青江又八郎は江戸で浪人暮らし。
口入れ屋で斡旋された用心棒などをして糊口をそそぐ毎日。それはそれで気ままな暮らしだが、
藩からは討手がつぎつぎ襲い、さらに用心棒稼業の先々では赤穂浪士の動きがちらちらと・・・
ずいぶん前NHKでドラマ化されていた。たしか主人公が村上正明・ヒゲが渡辺徹・口入れ屋の主人が坂上次郎で・・・
解説に、初期の暗い、怨念を押し込めたような作風から、この作品あたりを転機に、エンタテインメント性
・明るさ・読み物としての楽しさを盛り込んだ作風に。とある。
身の丈にあった慎ましい暮らし。正義を貫く意地。晴れやかな舞台に出ることのない下級武士が、
ここぞという時に剣をふるってめざましい働きを。などなど藤沢作品のエッセンスがすべて盛り込まれ、
痛快時代劇のお手本といった感じ。
それだけに短編の歯切れのよさ、余韻を残す終わり方・・とはちがい、やや大味な感じもするが、
時代背景の取り入れ方、実在の人物のみんなが持っているイメージを利用する手法など、読ませるなあ。。。
続編では藩に帰参した又八郎が、藩内の権力争いに巻き込まれるらしい。
『孤剣ー用心棒日月抄』 新潮文庫 1984
藩にもどった青江は、密命を帯びて再び脱藩。
剣の凄腕・大富静馬を追いつつ、公儀隠密から逃れつつ、しかも藩の助けは受けられない。
そんな又八郎を影に日向に助けるのは用心棒仲間と、藩の影、嗅足組の佐知。用心棒仲間が一人ふえ、
物語をいろどる佐知がじつに魅力的でカッコイイ!
そして、用心棒を依頼された先での活劇や人情世話物ありユーモアもあり・・・盛りだくさんで贅沢な面白さ。
『刺客ー用心棒日月抄』 新潮文庫 1987
佐知と又八郎は、別れの朝、はじめて情を交わした。もう二度と会うことはあるまい、と。
それが前巻のラスト。
しかし、藩にもどってもお家騒動はいまだおさまらず、そのうえ江戸の嗅足組を殲滅させる討手がひそかに放たれたという。
嗅足組を守れ。しかも、その存在をけっして知られぬように、との厳命を受け、又八郎はまたもや江戸へ。
今回は大義名分だけでなく、佐知を守るという思いが、又八郎の背中を押す。
♪わくわく。どきどき。
読者の支持に支えられて、続・続々、と物語が続いたという。
続になってパワーダウンする例も見受けられるが、
このシリーズは
巻を重ねるごとに、
人物たちがいきいきを熱を放って動き出すのがすごい。
『凶刃 − 用心棒日月抄 』 新潮文庫 1991
最初はお家騒動の余波で脱藩し江戸で用心棒稼業に。藩に帰参する寸前、嗅足組の佐知に命を狙われる。
次は藩の密命を受けて、脱藩という形で江戸へ。今度は佐知と組んで、陰謀の影の人物を断つ。
三回目は、やはり密命だが、江戸の佐知を守るというもう一つのハラハラワクワクが用意されていた。
今回は、あれから16年。又八郎も中年の管理職となり、さすがに脱藩という手は使えない。
病気療養で帰国する人と一時的に交代、そこへたまたま藩内に不穏な動き、
さらに嗅足組を解散させるという幕府との約束、・・・
という設定から、かなり苦しい展開が見える。
前の三作は、藩士という表の顔と気ままな用心棒という別の顔。武士の暮らしと、長屋や雇われ先で出会った
市井の人々の暮らし。
と、『王子と乞食』ほどではないが、二つの世界を自由に行き来する若者の好奇心と
冒険心が満ち溢れていたが、
今回は老いを意識しはじめた年齢、佐知との邂逅もどこか後ろめたさと、
いずれ来る別れの覚悟が。。。。久しぶりに出あった口入れ屋も年をとり、さらに細谷源太夫はアル中。。。
と、侘しさばかりが目立つ。
それが味といえば味だが、三作とトーンが違いすぎる。
こんなんだったら、三部作でとめておけばよかったのに。。。ぶつぶつ
『麦屋町昼下がり』 文春文庫 1992
表題作ほか「三ノ丸広場城どき」「山姥橋夜五ツ」「榎屋敷宵の春月」の4編。
不正はいつか糺される。正義が行なわれないはずはない。真っ直ぐに生きているなら。
勧善懲悪ともちがう、一本筋の通った潔さ。どれを読んでも、すがすがしい。
『蝉しぐれ』 文春文庫 1991
再読。
最初に読んだ藤沢の長編がこれだった。
牧文四郎は元服前の15歳。
隣家の娘ふくが蛇にかまれた。文四郎はとっさにかけよって、ふくの指を吸う。
この印象的なシーンで一気に読み手の心は捉えられてしまう。
剣の道場や学問の塾で親しい友人、小和田逸平は気性のさっぱりした青年だ。
剣より学問にむいている島崎与之介は学問を積むため江戸の葛西塾へ行くという。
少年から青年への橋を渡ろうとする時期のみずみずしさ、純朴さ、世間知らずでいて武士のたしなみも自覚しつつある、
そういう文四郎に気持ちよく共感したところでドラマが急転する。
父を含む12人が反逆の罪で捕らえられ、事態も飲み込めないうちに切腹言い渡しを知らされる。
最後の対面は許されたものの
――言いたいのはそんなことではなかったと思ったとき、文四郎の胸に、不意に父に言いたかった言葉が溢れてきた。
ここまで育ててくれて、ありがとうと言うべきだったのだ。母よりも父が好きだったと、言えばよかったのだ。
あなたを尊敬していた、とどうして率直に言えなかったのだろう。(中略)
「泣きたいか」
と逸平が言った。――
突然おこった事態にとまどいつつ懸命に母をかばい、家名を恥ずかしめぬよう、うろたえずにいるのが精一杯。
耐えて堪えてきた、その緊張がとける一瞬。
世間をはばかっての葬儀。家禄の減俸と汚い長屋への転居。どうも藩内の権力争いに
絡んでいるらしいが実相はまったく知らされない。
その不遇感、鬱屈をぶつけるように剣に励む文四郎。
ようやく家禄の復活が届いた日、文四郎が知ったのは江戸屋敷へ奉公にあがったふくが殿様のお手つきになったこと。
こうして文四郎は大人への階段を一歩ずつあがっていく。
父の死から4年。5年。剣に励んだことから、文四郎は父の死とその背後にある権力争いの真相を知り、
核心人物に近づくこととなる。
このあたりから紙面は一気に緊張感がみなぎる。
そして、殿の寵愛を受けるお福様をも巻き込む事件が・・・・
お家騒動とか家老がどうの、はチャンバラ映画のシーンのようで現実感がない。
サラリーマンは会社の人事を重ねて読むかもしれないが・・・・ただ、影の権力者の存在感は凄味があった。
いまでも、権力者はこうなんだろうかと思わせる。
ラスト。年月が一気に飛び、郡奉行となった牧助左衛門は出先で一通の書状を受け取る。
壮年にさしかかった文四郎とお福の再会。
さまざまな思いや時間を濾過した爽やかさ、秘めた哀しみが心に沁みいる。
この本は成長物語であり、ほのかな恋の物語であり、お家騒動物語と剣道物でもある。
でもやっぱり、わたしはおふくがいとおしい。
おふく、文四郎、矢田の妻を含め、こうしか生きられなかった当時の男女がいとおしい。
そして、ここにはほとんど描かれていない文四郎の妻も・・・
『雪明かり』 文春文庫 1991
表題作はじめ初期の作品8篇。
ただし、表題作は新潮文庫『時雨のあと』にも所収されている。
「恐喝」賭場に出入りしている竹二郎が大店を脅して金をふんだくった帰り・・・
「入墨」姉妹二人で切り盛りしている縄のれんの店を、毎日同じ刻限になると、
杖をついた老人がじっと見ている。あれは・・・
「冤罪」三男坊の源次郎が散歩の途中、いつも見かける娘。ある日、その娘の家が・・
研ぎ澄まされた文章は、どこを切っても無駄がなく凛と美しい。
行間から下級武士、町人、町娘、博徒・・・人物像がくっきりと鮮やかに迫ってくる。
社会の片隅で自分の世界を求めて懸命に生きる人々の姿が哀しく、愛しい。
『竹光始末』 新潮文庫 1981初版
表題作はじめ6編。
妻子をともない、わずかなツテを頼りに仕官の口を求めてやってきた男には驚いた。
みすぼらしい身なり。路銀も使い果たしたらしい。
むげに追い払うにはしのびなくて・・・「竹光始末」
悪党になりきれない若者の一分の純情を切り取った市井もの。「石を抱く」
両刀さしてお城勤めをしていても、武士も人の子。家族に振り回され、嫉妬に狂う。「恐妻の剣」「乱心」
いつの世におきかえても、読み手の心に沁みこんでくる。うんうん、わかるわかる。
『隠し剣 孤影抄』 文春文庫 2004 新装版
表題作はじめ8編。
平凡な暮らしをしていた藩士が、藩の陰謀に巻き込まれ、あるいは長年の因縁の末、
封印していた秘伝の技を使い命をかけて闘う姿と家族の哀感を描いた海坂藩もの。
初期のころの作品だから全体のトーンが暗い。
秘剣を使わざるをえないところまで追いつめられ、進退窮まった男が見る闇の暗さがある。
しかし、一方で、夫婦の心理の機微・・・どことなく夫を軽くみる妻、とか、逆に夫から避けられている妻の哀しみ、とか・・・
せまるものがある。
剣術とか斬りあい、という、現代の社会からは遠い世界なハズだが、生活者としてのリアリティがあるのだ。
描きすぎない、しかし、一行で人物を描ききっている描写力。
たとえば、最後の「宿命剣鬼走り」
わかいころ、一人の女をめぐって大身の息子と争そった初老の武士。
剣術のうえでも、また、藩政をめぐっても確執があり、相手は権力を失い、自分も功をなしたが最近隠居した。
その息子同士が、また、いろいろな因縁から争いあい、ついに双方とも子を失った。
あれもこれも、互いに相容れない宿命的因縁。すべてを断ち切るため、男は決闘を申し込む。
命はもとより捨てているが、私闘であるからにはお家断絶も覚悟の上。
最後に、若いころ互いに争い、いまは尼になった女の庵を訪れる。
「さきほど、あちらさまもおいでになりました・・・今生の思い出に、わたしを抱きたいと」「で、抱かれたか」
この前後の数行に、男と女、それぞれの人生と思いが凝縮され。。。滂沱。
これが藤沢の真骨頂。
『隠し剣 秋風抄』 文春文庫
映画「武士の一分」の原作「盲目剣谺返し」など9編。
いずれも、下級武士が主人公。
身分も禄高もぱっとしない、そのうえ酒乱だったり、好色だったり、偏屈だったりと、かなり情けないキャラ。
ごく普通の、いまでいえば平サラリーマンが、剣によって、人生を立て直したり、あるいは、
過去の剣名によって人生がかわってしまったり。
そして、そういう男がいれば、そのかげに女がいるわけで。
その葛藤や確執、裏切り、思慕・・・様々なドラマが生まれる。
たまたま最後にとっておいた「暗黒剣千鳥」が、うまいな〜と印象深かった。
三崎修介は三男坊、学問よりも道場通いに明け暮れている、ごくふつうの青年。
末っ子の修介が、いつのまにか年頃に育ったことに気づいた嫂が、どこかいいご縁はないかと、あわてだした。
という、日常の、のどかな光景から話は始まる。
さらに、ひょっこりあらわれた叔母から申し分のない良縁が持ち込まれ、兄夫婦は大乗り気、
修介も内心まんざらでもないという、和やかでめでたい展開。
そこへ、道場の仲間が一人、また一人と闇討ちにあい、自分たちも狙われているという、
縁談とは真逆な、なにやらドロドロした闇の部分がにわかに現れてくる。
その展開の見事さ、!
読み手には、闇の正体、討手が何者なのかはわからない。
修介の動きにつれ、徐々に明らかになっていく、その合間に、
「事情により先延ばし」にされた縁談相手との出会いが挟まる。
家柄や年齢で縁談は進む時代、見合いをするまで、ときには祝言のその日まで
相手と実際に顔を合わすことはなめったにないのが一般的。
その相手に会った瞬間、修介のなかに、生きること、未来への強い願望が湧き出てきた。
討手との対決、しかし・・・・
もうこれで命を狙われることもない。美しい娘との縁談もすすむだろう。
しかし、修介は、終生、重い闇・謎・疑念を背負うことになる。
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