日本の児童文学 ま行

                     
●松本祐子  『リューンノールの庭』  小峰書店  2002
水無月サナの新作童話を予約した皆月未散のもとへ童話の登場人物から招待メールが届く。
水無月サナは未散の叔母さんだと聞かされ、これから修業を始めると言う。
叔母さんって魔女? 修業って?

未散とサナ、ドラゴンDのやりとり、いろいろなモチーフや小道具は面白かったのだが、結局、
叔母さんは何者なのか、 なんのために呼び寄せたのか、未散は今後も魔女修業をするのか、
そもそも魔女とはいったい何なのか、ここの滞在でなにかがかわったのかどうか、
・・・なんとなく未消化で釈然としないまま終わったような。

●三田村信行 『おこりっぽいやま』  絵/武井武雄  イルフ童画館  1998復刻
おこりっぽい山は、「うみのそこなんかつまんないぞー!」と海の上に頭を突き出した・・・
いまはねているからいいけど、いつ目をさますか・・だれもかんがえはしない。これは地震へ警告か?(笑)
●宮沢賢治  『月夜のでんしんばしら』  遠山繁年・絵   偕成社  1998
夜の鉄道線路を歩いていると、電信柱が兵隊のように隊列を組んで歩きだした。
ドッテテドッテテ・ドッテテド。
やがて、電気総長もやってきて・・・
夜、眠れなくなったら、目をつぶって想像してごらん。
すぐそこにファンタジー世界があるのだよ。だれも気がつかないだけでね。
●宮下恵茉  『ジジ きみと歩いた』  学研 2007
小川未明文学賞 児童文芸新人賞

ぼくんちは、運送屋をやっている。口うるさいじいさんと事務をやっている母さんの三人家族。
ぼく、ハヤチン、カッツン、デキスギの4人は、毎日毎日、あきることなく川原でナンベー(なんちゃってベースボール)をやっていた。
ぼくはそれほど野球がすきなわけじゃない。早く帰っても、じいさんにガミガミ言われるだけなので、遅くまで遊んでいる。
だから、ボールもしょっちゅううけそこなうし、なぜか、ぼくがうけそこなったボールは行方不明になる。
ある日、じじむさい野良犬が、ボールをかくした犯人だとわかる。
その川原を舗装して遊歩道になるという。
もう、ナンベーはできない。それに、あの野良犬もつかまっちゃう。
デキスギの提案で、あれよあれよというまに、ぼくんちで野良犬を飼うはめに。
じじむさい顔だから、ジジとなづけた野良犬を4人で交代で散歩するはずだったのに、
カッツチンとハヤチンは、すぐに来なくなり、ぼくとデキスギがいっしょに面倒ることになってしまった。
でも、ぼくはそれほどいやではなかった。
デキスギは、勉強も運動もとくい、大人との交渉も上手、ちょっと憧れてしまうくらい、なんでもできる子なんだ。
しかし、考えてみるとぼくはデキスギのことをよく知らない。
電話番号も、どこに住んでいるかも・・・
やがて、物語はおもわぬ展開に。

野良だったジジが、しばしば逃げ出すこと。 獣医の先生が、ろこつにいやな顔をすること。
おじいちゃんにはなつかないこと。 など、ジジとの日常を重ねながら、デキスギのヒミツへとせまっていく。
そこらあたりの迫り方と、クラスで一番チビの、いかにも平凡で、ぱっとしない少年の日常がうまい。

ーあっちばかり見ていちゃ、だめなんだ。ー
川原での野球ごっこ、野良犬を飼う、友人の一面を知ってしまう・・・
少年の、いつの世も変わらず、通り過ぎる光景。
だが、ここをどう通過するかによって、成長の歩幅はずいぶん違ってくることだろう。
●緑川聖司  『晴れた日は図書館へいこう』  小峰書店  2003
五話からなる短編連作だが、それぞれ関連があり、ぐるっとまわって最初にもどる。
というか、一つながりでまとまった話となっている。

主人公、しおりは、編集者の母とふたり暮らし。父は作家だったらしい。
「天気がいい日、子どもは外で遊びなさい」なんて、ひとくくりにしてほしくない。
天気のいい日は図書館に行こう。というくらい、本が大好き。
そのうえ、年上のいとこにあたる美弥子さんは図書館で働いているなど、読書環境はすばらしい。
図書館で出会った幼い女の子はしおりが手にしている本を「わたしの本」という。読めないはずなのに。
同級生の男の子の「おじいさんが、ずっと昔返しそこなったままの本を返却したい」という話。
その男の子と川遊びをしていた、やはり同級生の二人が本をぬらしてしまった事件。
このところ不明本が頻発している事件の背景には、一人の男の子の・・・。
最初の女の子のお母さんとの出会い、そして、しおり自身の、まだ見ぬ父との邂逅。
という五話。
図書館を舞台にし、本を素材にして、なおかつ謎解きもまじえて、さらに、本を通して友情、
あるいは淡い恋を感じたり、学校の文化祭や図書館祭りなどを通して積極性をも身につけていく、という成長物語でもある。
そうそう、ついでに(?)図書館利用の仕組みや司書の仕事、延滞など利用者のマナーなどにもふれ、
ちょっとした図書館ガイダンスにもなっている。

読んでいて、ほんとうに作者が「本好き」であることが伝わり、気持ちがいい。
この作者、北村薫の愛読者なんじゃないかな。という気がした。
真似という意味ではなく、おだやかで品のいいところなど、雰囲気が似ている。
●村上しいこ  『かめきちのおまかせ自由研究』  岩崎書店  2003
だれにでも夏休みの自由研究には苦い思い出があるだろう。
三年生のかめきち(なんて、すてきなネーミング! 笑)は、困り果てていた。
夏休みもそろそろ終り、なにかいいアイディアはないだろうか。 でも、かんがえることは「目と鼻と口はなぜ顔にあるのか」・・・・

関西のこてこてギャグや、ハイテンションでなんでも笑いのタネにしてしまう文化は、かなり苦手。
でも、ここに出てくる親子は、たしかに関西の笑いではあるのだが、困難を困難を感じないのんびりモード。じつにいい味だ。
庶民の生きる智恵。と、いうほどおおげさなものではないが(苦笑)、その普通の”いい加減さ”がいい。
昨年度の児童文学者協会新人賞。この個性を選んだ審査員、話がわかるね。
●村上しいこ 『かめきちのたてこもり大作戦』  岩崎書店  2005
妹か弟がほしいという、親友しんごのためにあの手この手を考えるかめきち。
なんせ、あのかめきちなのだ。やることなすこと、ピントがはずれている。
友達を思う気持ちは、けなげなほど真剣。しかし、真剣になればなるほど、ずれていく・・・(笑)
ずれているかめきちに輪をかけて、父ちゃんもとぼけている。
だが、よく読むと、この一家は、とてもまっとうだ。
かめきちは、ぜったい、寄り道をしない。いったん、家にランドセルをおいてから、でかける。
など、お母ちゃんの方針がしっかりしていることがわかる。
やっぱ、母親なのかなあ。家庭や教育の基本は。
でも、このかあちゃんを支えているのは(リラックスさせて?)とぼけた父ちゃん。
そして、子どもにとって、友だちが(その悩みに共感する)一番大事なことなのだな。
●村山早紀  『やまんば娘、街へゆくー由布の海馬亭通信』  理論社 1994
やまんばと人間との間に生まれた由布は父を捜しに、人間のすむ街へ出る。
海馬亭の住人になった由布は、千鶴、玲子たちとふれあう。
お銀さん、リリーさん、ピアノ弾きの伊達さん、それに幽霊の純子さん・・・
みんな少しづつ胸に痛みを持っていて、だからこそ優しくて、でも強くて・・
ラスト。大晦日の花火はキラキラ輝く。永遠の一瞬。
●村山早紀  『七日間のスノウ』  村山早紀  佼成出版  1999
真美は生まれたばかりの子猫をひろった。
でも、家には連れて帰れない。お姉ちゃんは喘息。「ほこりとストレスはどく」。
スノウと名づけたネコを空家に隠した真美は、ミルクを与えるために3時間おきに・・・
命の尊さと家族の絆。
●村山早紀  風の丘のルルーシリーズ
『@魔女の友だちになりませんか?』『A魔女のルルーとオーロラの城』
『B魔女のルルーと時の魔法』 『C魔女のルルーと風の少女』『E魔女のルルーと赤い星の杖』
 村山早紀・文  ふりやかよこ・絵  ポプラ社 1999〜2001
魔女の子ルルーは、両親と姉を亡くし、ぬいぐるみのペルテを頼りに一人で生きてゆかねばならない。
昔は人間と共存して生きていた魔女も、最近は敬遠されがちで、ルルーはひとつところに長くいられない。
ゆっくり歳をとる。薬草に詳しい。占いや、自然の力を集めてのまじないができる、くらいで、
身体能力は人間と同じらしい。
という設定が、まずある。

@は、ルルーが魔女としてのアイデンティティを見つけ、人間への信頼感を取り戻すまで。
Aでは、北のはてにあるオーロラ城の姫君の病気の治療にでむいて事件に巻き込まれる。
伝説。王位継承をめぐる継母の陰謀・・・といった昔話でお馴染みのモチーフを使い、 ハラハラドキドキと
読みすすませているが、内容は、自然保護か開発か、国の経済を復興させるには・・といった深いテーマだ。
Bは、風の丘にやってきた少女レニカにすっかり心を許したルルーは、薬草の育て方や
煎じ方などを教えるが。。。。
ここでは、友情とは、人間とは、信頼とは。。。を考える。
Cで、魔女として生きていく自信をつけはじめたルルーは魔法の杖を作り遠出する。
つまり、これまでの来訪を待つ姿勢から、自分から世界をひろげていく姿勢へ。
そこで、 人間の弱さ。人を信じる気持ちと裏切る醜さ。それはどの人間にも同居している。ことを学ぶ。
DをとばしてE。スキルアップし魔女として生きる自信を持ち始めたルルーだが、
病んだ人、悩みをもった人を癒す仕事に疲れ気晴らしの旅に出る。
自分の名前の由来でもある魔女のルーリアと旅の少年の力で龍が封じ込められたという伝説の町へ。
人のために尽くすことを、真に自分の喜びと思えるか・・・・
魔女としての自分の存在意義を確認する。というテーマ。

筆者の作品には共通して教訓性があるようだ。 教訓といっても、教師や親が上から見下ろすような
説教ではなく、 ちょっとお姉さん、すこし先輩、つまり、ついこのあいだまで自分と一緒の立場だった人が、
経験談を 語ってくれ、生き方をいっしょに考えてくれるような教訓だから、
読者が素直に心を寄せるのが理解できる。
さらに、筆者は、片方が善で片方が悪、と単純にきめつけるようなことはしていない。
どちらにも言い分があり、どちらにも正義がある。
「人間は、自分に正義があると思うとき、こうすれは不幸な人びとのためによいことができるのだと、
しんじたとき、どんなおそろしいことだってかんがえられるのです。。。。」
など、重く厳しい科白も。
魔女の子、ふわふわした女の子チックな挿絵・・・というオブラートにくるんだ人生童話。
● 森絵都  『DIVE!!4』 講談社   2002 
「1」で、いかにも少年らしいフツーの少年だがダイヤモンドの動体視力を持つ知季。
「2」で、天才ダイバーの祖父のDNAと重荷を背負う飛沫。
「3」で、一番まとまった能力をもちながらコーチである父との確執を抱く要一。
それぞれの魅力と飛び込みへのこだわりを描いてきた『DIVE!!』。
いよいよオリンピック選考会に臨む「4」で、 一体どういう決着になるのかと、
わくわくはらはらしながら読んだが、なーるほどネ。いいんじゃない。
いい意味の通俗性に満ちたストーリー展開と文章のうまさで、爽やかな笑いで終わった
●森忠明  『ハイティーン詩集』  書肆楽々  2001
「高三コース」に投稿し寺山修司に見出された頃、天井桟敷に出入りしていた頃の詩と、寺山の評。
思春期のジタバタする心。若者のやりきれなさ、わりきれなさ。青臭さ、切なさ。いとおしさ。物狂い。
肉声で聞きたい。鳥肌たって、卒倒するかも。
●森忠明  『ホーン岬まで』  森忠明  くもん  1990
表題作ほか9編。共通しているのは一人称。通底しているのは、喪失・死・孤立・無常・・・
しんとしずかな、透明な、深い海の底のような、ひんやりとした世界
削って、そいで、研いで、練って・・・磨きあげた完璧な独白文体。
●森本順子 作・絵 『わたしのヒロシマ』 金の星社    1988 
現在はオーストラリアで画家として活動している作者自身の13歳で被爆した体験を描いたもの。
絵にリアリティがある。








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