古代信仰とモダニズム(長野の旅)(2004年3月)
地元の仲間と長野県の八ヶ岳の麓に出かけた。

車で行ったのであちこち寄り道ができる。ここに行きたい!とリクエストをして寄ったのが
「茅野市神長官守矢資料館」(ちのし・じんちょうかん・もりやしりょうかん)
公式HPではないようですが ここ が詳しいです。
入場料・たった100円。こじんまりした建物を一人で守っている館長さん(市嘱託職員)が、にこやかに丁寧に説明してくださる。
諏訪大社のもっと古くから、この地で神を司っていた守矢家は、なんと77代続いているという。
明治維新で神様も統廃合? いや、国家神道として統一されてしまったが、その前までは、
祈祷や調伏などの秘術的祭祀を、一子相伝、それも口伝により、連綿と守り伝えてきた家系である。
中でも、もっとも大がかりで神秘的な祭祀は、年に一度、新暦で4月のはじめごろ、執り行われる御頭祭(おんとうさい)。
いまは、諏訪大社の神事にその一部が形を変えてのこっているらしいが、もともとの祭祀の模様を、
江戸時代の旅の草木学者・博物学者、菅江真澄(三河出身である)がスケッチとして残していた。
その資料を元に、まるで縄文時代を思わせるような祭祀の供え物を、復元し展示してある資料館だ。
まず、鹿や猪の頭がずらずらと壁に打ち付けてあるのが目を引く。(本当はもっと沢山。71個?なのだそうだ)
鹿は全部、牡鹿。というのは、繁殖を終えた牡鹿は無用。
子鹿が育つための食べ物を確保するための間引、という意味もあったという。男性方よ、人間でよかったね!
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正面には、耳の切れた(神の宿った)牡鹿の首と、コメの升が二つ並んでいる。
一方の升に突き立てた棒には白いウサギが串刺しになって供えられている。
野ウサギで4月で白、というのは、もっと山深い(どこだっけ、地名を聞いたけど忘れた)土地からの供物。
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ウサギの血がしたたって米を赤く染める。もう一つの升の白い米と並べると紅白になる。
紅白の餅。さらに、ウサギの肉と猪の脳味噌をあえた物、これも紅白。しかも、コーティングしてあるが全部本物なのだ!
その他、ウサギの皮をさいたもの、猪の顔の皮、あらめ(海藻)、鯉、などなどが供えられている。
きっと、神事のあとは、下がり物として、これらの供物を村中みんなで食べたのだろう。
年に一度の祭り、獣肉をたらふく食い、酒を飲み、歌い、踊り、おおらかに男女の歌垣が行なわれたのだろう。
ああ、時空を越えて空想が飛ぶ。
77代前の祖先たちの息遣いが感じられる。
さらに、ご紹介したいのは建物。
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天竜市にある秋野不矩美術館と同じ建築家・藤森照信+内田祥士の設計による、古代の砦か土蔵のような趣き。
たまたま、わたしたちが見学を終えたころ、建築学の教授とゼミ生らしい一行が訪れた。
建築としての説明を一緒に聞く。
コンクリート構造に特別調合の壁土を塗り、チョウナで削ったケヤキの木を枠に使った大きな窓をはめ、
手割りの鉄平石(17トン分)を屋根にふいた、この建物の坪単価、なんと、230万円!
建物のぐるりに、オカメ笹が一間〜二間ほどの幅でびっしりと植えられているのは、見てくれのデザインもだが、
うっかり人が近寄らないため。つまり、地震や暴風などで屋根の石が落下したときの危険防止のためだとか。
そこまでして重い石を使うか、と言いたい向きは現地で見てください。
その風格と存在感には圧倒されます。
庭の向こうにはご神木。画像では見にくいが、その前に古代からの社がある。
さらに、横手には、イチイの木の生垣で四角く囲まれた一画がある。
細い入り口のむこうに赤く見えるのが守矢家の家神様が鎮座している祠。
シンプルで原初的な神の存在に、なんだか、気持ちが清らかになる。
ああ、わたし、日本人だなあ。ずっとずっと大昔から、人間はつながっているのだなあ。と厳粛な気持ちになる。
旅の最後に立ち寄ったのが岡谷にある
「イルフ童画館」
うちにスキャナーがないのと、著作権の問題があるので、画像は載せません。
興味のある方は公式HP イルフ童画館 を覗いてみてください。
岡谷市の中心部。ビルとビルのあいだに、ぽっかりとかわいい3階建ての美術館がたっている。
1階の奥半分は子ども図書館になっていて、子どもたちが自由に絵本を楽しんでいた。
2階・3階が、武井武雄の童画を展示した部屋。
武井武雄の名前を知らなくても絵を見れば、ああ!と思い出す人も多いはず。
なんと懐かしい! ガラスケースの中に展示されたキンダーブック!
明治27年生まれの武井の仕事の一部が紹介されているが、なんと、お洒落で斬新なデザインだろう。
童画や本の挿絵だけでなく、イルフ・トイズと名づけた玩具、布やガラス・アクリルなど紙以外の素材を使った絵本、
ステンドグラスなどなど、ほんとに多様な仕事。
童画という言葉は武井の造語だそうだ。そして、イルフというのは「古い」をひっくりかえした造語。
どれを見ても、遊び心満載。湿度たっぷりの日本情緒ではなく、西洋的。いま見てもモダンでグラフィカル。
シャープだけど、毒がない。
仕事、としてやったのではなく、まるで子どもが新しいおもちゃをいじりまわすように、
楽しくて楽しくてたまらない。
という気持ちで創造していたことが、見ているこちらにも伝わってくる。
センダックの原画所蔵も日本一だそうだ。『かいじゅうたちがいるところ』などの原画が展示されていた。
特別展示では降矢ななの原画展をやっていた。
わたしの大好きな挿絵画家の一人、降矢は3歳のとき武井が最終審査を務めた絵画展で金賞を受賞したという。へえぇ
『ちょろりんのセーター』『ちょろりんととっけー』などの原画を楽しんだ。
いやあ、武井だけでも嬉しかったのに、センダックと降矢ななまで楽しめて、満足満足!
今年は、諏訪大社の7年に一度の御柱祭りにあたる。
途中、はっぴ姿の人たちの行列に出くわした。
白木をそいだ御幣を持った子どもたちの姿も見える。
市場の駐車場らしき広場では、はっぴを着た人が大勢あつまり、なにやら祭りの準備をしているらしい。籐の蔓が山のように積まれていた。
なるほど、あの御柱を引くの綱は籐で編むのだね。藁の綱ではとうてい負けてしまうからね。。
7年に一度というローテイションは、もちろんなんらかの意味があるのだろうが、伝承という点でほどよい間隔だと思う。
籐の蔓を集めるのも、森林保護という点からも、いいことだし、こういういろんなことが”人の智恵”なんだろうね、きっと。
祭りそのものは見られなくても、準備の様子をちらりと見ることができ、祭りに親しみがわく。
そういえば、諏訪湖にしずめた諏訪大社の捧げものは浜松のさなげ湖に浮かぶ。とか。
諏訪大社の軒の雫が、天竜川に注ぐ。とか、守矢資料館の館長さんが言ってたっけ。
三河・遠州と諏訪湖は縁が深いのだね。
しかし、長野というところは、古代信仰から今も受け継がれる御柱祭りから、モダンな武井まで、奥が深いなあ。