全国子どもの本と児童文化講座 記念講演(2006年8月20日)
清水真砂子さん 『いま考えること、話したいこと』
子どもの本研究会は、全国組織で、保母、教師、図書館関係、読み聞かせ、文庫活動実践者などなど、
要するに子どもの本が好き、もっと知りたい、広げたい、という方々の集まりらしい。
(わたしは、下部組織?独自の組織?である豊橋子どもの本研究会には属しているが、全国版には所属していない)
研究会では、隔年に、地方で二日がかりの大会を開く。
今年は、地元、伊良湖のホテルで開催されるというので、
はじめて、日帰りで参加する。
最初の記念講演会の参加人数、400余。
南は沖縄、北は秋田だっけ?岩手だっけ?からも参加があったというから、すごい!
という前置きはさておき、講演である。
氏はこの日、基調講演と作家を囲む会の二度、お話をする。
講演では「児童文学についていま話したいこと」を、分科会で『ゲド戦記』について語るつもりだったらしいが、
やはりいま、ゲドについても触れて欲しいとの主催者の要請で、最初に若干、ゲド映画についてふれる。
以下、要約して紹介します。(あくまでわたしの解釈です。正式な要録は、「子どもの本棚」に収載されるそうです)
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ジブリによる『ゲド戦記』映画には、ル=グィンも自分も、がっかり!だった。(言葉は慎重に選んでいたが、かなりシビアな表情)
宮崎吾郎氏が三部を中心に作ると聞いたとき、ああ!と思い、映画の冒頭、原作にない父殺しがあったことに、やっぱり!と感じた。
三部では、ゲドについていったアレンが、帰りには傷ついたゲドを背負って帰る。
つまり、世代の継承が描かれている。
偉大な父を持った重さ、父を乗り越えねば自分が潰される、そして、そんな偉大な父も老いていくさまを見て、
これから父を背負っていかねばならない。。。など、吾郎氏の深層心理が表れている。
思春期のどこかで親殺し(親を否定、親離れ)をしないと、人は自分で立つことが出来ない。
いま、多くの若者が、親殺しがうまくできなくて苦しんでいる。
招かれていった先の、数家族がゆるくつながって、年代の違う子供同士が、自然に世話し、世話されている状態を紹介し、
そこの子どもたちは「いっぱい親がいる」「家出をする先がある」と言う。
つまり、親子の関係が単線ではない。
一つの線、一つの思考しかないことが、子どもを苦しませている。
いま教えている短大の学生に聞くと、身近にも、たとえば小説やドラマなど架空の世界にも、
「こういう大人になりたい」という憧れの対象、大人のモデルがないと言う。
そもそも、憧れ・憤り・気高い、などという言葉が死語になっている。
大人になるためのモデルを持たないで、若者たちは、どうやって大人になっていくのか。
生きにくさの原因の一つに、「ストライクゾーンの狭さ」がある。
高校で教鞭をとっていたころの生徒の例をあげ、いわゆる不良の子は、(意外にも)ストライクゾーンが狭い。
狭いストライクゾーンにおさまりけれない、はみでる自分を肯定できないから、いらだち、非行に走る。
いわゆる成績のいい子は、親や教師の言うこと、教えは、それはそれとして受け入れながら、
違う世界、違う価値観があることを知っている。
小説やアニメなどの文化から、知らず知らず学んでいるからだ。
ストライクゾーンの広い子は、思考が自由で肯定的、世の中が面白いものと受け止めている。
(イギリスのテイト・モダン美術館が、いかに自由で豊かな発想かを紹介。わー、行ってみたい!)
『グレー・ラビット』(アリスン・アトリー)の奥さんが、家事に育児に一人でがんばっている姿、ぐうたらな夫を見る視線には、
作者自身が投影されている。
(農場育ちの作者は、商家育ちの夫の、自由な生き方を受け入れることができなかった。
本が出た翌年、夫は自殺。さらに、一人息子を溺愛のあまりスポイル)
『第八森の子どもたち』(エルス・ペルフロム)は、戦中のオランダの村で、(ユダヤ系をかくまうなど、大勢を受け入れて)
ごったに暮らす農家を舞台に描かれている。
村が連合軍によって開放され、平和がもどったあと、主人公の少女が、ごちゃごちゃだった引き出しの中が整理され、
スプーンやナイフがきれいに並べられているのを見ておどろくシーンがある。
と、その家の主婦は少女に、「これが普通だったのよ」と言う。
主婦は、引き出しの中がごちゃごちゃだった時期を黙って耐えていた。
そして、日常にもどったら、真っ先に、黙って引き出しを整頓した。
このシーンに、この主婦の懐の深さと、戦争の恐ろしさとは日常が崩れることだ、ということが凝縮されて描かれている。
原爆投下の夜、極限状況の中で産気づいた妊婦を、みんなが助け、出産を見守った。
新しい命と引き換えに、とりあげた産婆さんは亡くなった。
その場面を描いた詩『生ましめんかな』の英訳では、Let us be a midwife (みんな、お産婆さんになろう)と訳されている。
また、『人形の旅立ち』(長谷川摂子)では、息子たちを戦争で失い狂ったおばあさんを、町の人たちがそっと見守る様子が描かれている。
「そりゃあ、狂うのも無理ないわねえ」と。
などの例をあげ、
多様な生き方考え方を許容すること、みんながみんなを見守ること、排除しないこと。
これがいま求められているのではないか。
幼いころ、あまりに過酷な場面、ストーリーが描かれていると辛くなって、つい、ラストのページを拾い読みしたくなるでしょう。
読み手は、主人公と一体になって読みすすむ。それは、主人公の人生を生きることだ。
最後は幸せになるのだと知ると安心して、また元にもどって続きを読む。
(人物をおいて途中下車し、また、路線にもどる)
いつか幸せになると確信し安心を得ると、どれだけ辛いストーリー(人生)でも耐えられる。
ラストを知りたくなるというのは、つまり、「生きるに値する人生」であることを確かめたいのだ。
若い(幼い)読者にとって「物語の中を生きる」というのは、人生のシュミレーション・予行演習をしているのだ。
批評家たちは、児童文学は甘いとか、幸福な場面が描かれていると鵜の目鷹の目でつつこうとするが、
かすかな光、希望、背中をおしてくれるもの、それを描くのが児童文学。
大人の文学では、これでもかこれでもかと不幸を描いているが、不幸なんてほっといても見つけられる。
実際、生きるということは困難の連続であり、そんなに甘いものではないことくらい、三歳児ですでにわかっている。
しかし、だからこそ、
「それでも人生は面白い」「それでも人生にYesと言おう」ということを子どもに感じ取って欲しい。
幸福のありようは多様であり、人間はそんなにのっぺらしたものではない。
幸せを見つけること、描くことは、簡単なことではない。
大変なエネルギーが必要だ。
児童文学は「人生がなんて幸福なものかと考える事例の宝庫」である。
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予定調和とか、ラストが甘い、など批評されたり、したりしがちだが、そしてたしかに、幸福なラストにいたる過程があまいと
嘘っぽくなるのは確かだが、幸福を描いていいのだと確信が持てた。
PS 清水さんが語られた内容は『幸福に驚く力』(かもがわ出版)に詳しくのっています。