乙一
乙一との出会いは、北村薫編『謎のギャラリー こわい部屋』に所収されている
「夏と花火とわたしの死体」からでした。
殺されたわたしの死体が語る。というのも奇想天外なら、殺した妹とその兄が死体を隠そうとあたふたあたふた・・・
というのも考えてみれば恐い話なのですが、どこかクールでマンガチック。と思って読んでいくと、ラストにゾグッ!
いやあ、達者な書き手だなあ。しかも16歳で書いたって?!
そこから、乙一おっかけの旅が始まりました。
『失踪HOLIDAY』(角川スニーカー文庫 2001)
いかにもコミック世代むけらしいが、表題作は冗漫。
「しあわせは子猫のかたち」がよかった。切なくて、暖かな読後感。
読書力の低い子でも、すらすらと読めて感動が残る。
『きみにしか聞こえない』(角川スニーカー文庫 2001)
表題作は、心の中の携帯電話で会話を交わす少女。最後に仕掛けがある。
人の痛みを自分に移すことのできる少年・・「傷」。
事故で恋人を亡くし、親とも心が通じない孤独なわたしが病院の裏庭で不思議な植物を・・「華歌」。
いずれも世間とうまくおりあわず孤独な存在が、次第に心を開いて希望を抱く物語。
「傷」「華歌」は、設定に納得できない部分がある。
☆『暗いところで待ち合わせ』(幻冬社文庫 2002)
急行の止まらない駅で事件は起きた。人と交わるのが苦手な青年は、駅の近くの家にしのびこむ。
その家には、中途失明の女性が一人、ひっそりと、まるで植物のように暮らしていた。
犯人を追いながら、読み手は二人の精神の向日への道のりをたどる。
言葉を発しないまま、相手の存在をさぐりあい、気持ちを交わし合う場面が秀逸。
☆『GOTH』 (角川 2002)
6編からなる連作ミステリー。
殺人現場をみるのが好きだという無機質な僕の無気味さ。
狂言回し的存在の森野は、僕に似ているようでちがう。
その違いはどこにあるか・・・各章のトリック、伏線の張り方も見事なら、全体の構成で、また唸らされる。
『GOTH』を書いたいま、23歳!
文章といい仕掛けといい、年齢に似合わぬすごい腕をもち、かすかなセンチメンタルと、
恐いほどのクールさ、
無機質さ、などを書き分けてきたが、いよいよ大人の鑑賞に耐えうるものが書けるようになった。
これから、どう成熟していくか、まだまだ上昇するのか・・・
本人は職人が好きだという。周りを気にせずコツコツと納得する作品を書いて欲しい。
2003年にはいって、順番が遡るが読んだのがこれ。
☆『天帝妖狐』 (集英社文庫 2001)
中編2作。
「A MASKED BALL」
高校の剣道場裏にあるトイレ。だれも利用するヤツはいないと思って安心してタバコを吸っていたら、
ある日、真っ白なタイルにラクガキスルベカラズと落書きが。おいおい、これってラクガキじゃん。
そこから、数人の書き込みが始まった。やがて・・・
学校のトイレといえば花子さん。怪談はつきものだ。そのレトロな設定のうえに、ネット社会の特徴である
匿名性のカキコ。このセンスにはもう脱帽あるのみ。
しかも、特有の飄々としたユーモア。
すらすら読めてしまうから見落とされがちだが、乙一の文章は無駄がなく、わかりやすい。映像が浮かぶ。
この作品は笑いながらちょっと怖い。恐いけど、可笑しみがある。わらこわ。こわおか
2作目の「天帝妖狐」
こちらはこっくりさんをモチーフにしてある。これもお馴染みの、懐かしのネタ。
時代設定ははっきりしていない。あえて、はっきりさせてない。あえて古めかしい文体。
セピア色の景色を舞台に、締めつけられるような哀しみが流れている。
ふと気づいたのだが、乙一は一人称が多い。三人称でも空からの目ではなく、一人にのった三人称。
心理描写や狭い限られた範囲での展開に適している。
そして乙一の特徴である、社会とうまく関われない哀しみ、自分の内面を見つめるある種の強さ、
純粋さ、透明感をあらわすのにぴったりの表現なのだな。
しかしもう、ホント、いやんなっちゃいます。乙一のうまさったら・・・
『死にぞこないの青』 幻冬社文庫 2001
僕は、人と接するのが苦手、内向的な性格。運動神経も鈍い。でも、ふつうの小学生だ。・・だった。
5年生になるまでは。あの先生が担任になるまでは・・・
『レッド・ドラゴン』を読んだあと、これを読んだ。
どちらも、主人公は、過剰な劣等感と周囲の冷たい視線に苦しむうち、あるイメージによって
心の奥底の暴力性が覚醒し、やがて、そのイメージに人格すべてが捉えられてしまう。
しかし、最後には・・・・
という設定が似通っている。
向こうは、どこまでも冷たい筆致、こちらはせつない系。
「失踪HOLIDAY」でも感じたが、ちょっと分量的に長い気がした。
文章がうまいから、冗漫とかダラダラとは感じないのだが・・・
乙一を読む中高生には、これくらい丁寧に書かないと伝わらないのか? 単にわたしがせっかちなのか?
『平面いぬ。』 集英社文庫 2003
表題作はじめ4篇。
昔から村の子どもたちに言い伝えられていた伝説が・・・「石の目」
ぼくと木園は、「はじめ」という架空の少女をでっちあげた。「はじめ」
不思議な布。その残り布でつくったぬいぐるみBLUE・・「BLUE」
左腕に彫った小さな青い犬の入墨は、まるで生きているように動き出しだし・・・「平面いぬ。」
これまで、乙一の作品を何作か読んできた。どれも巧い。技術的に達者だ。
どこかで見たようなネタもあったりもする。そして、感情表現の少なさ。
ものすごく深刻な状況なのに、淡々と話がすすみ、淡々と読ませてしまう。それが、特徴だろう。
と思いながら読んで、はた!と気づいた。
これは、寓話。なのだ。
寓話は、おじいさん・おばあさん・お姫様・王子様・悪代官・・・という記号のうえに、物語が成り立っている。
作中で、記号たちは役割として出てくるのであって、そこに、個人としての内面描写はいらない。
近代文学では、人物の心情は・・・葛藤は・・・そのときの表情・仕草は・・・と、内面描写が求められる。
しかし、乙一の作品に出てくる人物たちは、もちろん感情表現や内面描写はあるにはあるが、記号、でしかない。
社会の片隅にいる子。まわりと関わりを持つのが下手な子。という記号。
そういうキャラをどういう事件に合わせるか。ラスト、どう落とすか。が巧妙に組み立てられている。
今に生きる人はほとんどが、自分は社会とうまく関われない、とどこかで思っている。
乙一が余分な描写や感情表現を書かないことで、読み手は、かえって空白部分を自分で想像しながら読み進み、
ベタベタした重さや湿度を感じすぎないで、人物たちに共感できるのではないだろうか。
そんな気がした。
『ZOO』 集英社 2003
ドタバタ演劇調。SF調。ネグレクトされた子どもの目に見える景色。暗黒系。。。
いかにも乙一らしい作品が10篇。
乙一は、完全なミステリーともつかず、ヤングアダルトのヒリヒリ系ともつかず、
少女コミックのせつない系ともつかず、そのギリギリの中間地点にいる。
モラトリアムというか、フリーター的というか。。いかにも、時代の子にふさわしい作品を生み出してきた。
しかし・・・これをハードカバーで短編集と銘打つと、その中間地点のあやうさ、物足らなさが目立つ。
短編集というのなら、もっと短く刈り込んでほしいし、眉村卓や阿刀田高のような切れ味も欲しい。
このまま、中間地点の味を生かし続けるのか、もと大人の味を出す方向に行くのか
・・・これからが乙一の正念場かもしれない。
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『さみしさの周波数』 角川スニーカー文庫 2003
「未来予報」「手を握る泥棒の物語」「フィルムの中の少女」「失われた物語」の4篇。
ん。「失われた物語」は『失われる物語』と改題して、あれこれくっつけてハードカバーにして売り出した
「角川、商売あざといゾ」事件?の作品だよね。という因縁を忘れて、一気に読まされてしまった。
しかも電車の中で「フィルムの・・」を途中まで読みかけで降りたから、その後が気になって気になって・・・
それで? どうなるの? の引っ張り具合が、まあ、うまいうまい。
特に「フィルム」は、語り手と聞き手と事件の関係者との関係性が最後近くまで分らなかった。(ちょっと悔しい)
伏線が実にさりげなく効果的に張ってある。読み手の目を引きつつ、でも、バレバレではない。
読み手の琴線をくすぐる、せつなさ、さみしさのキーワードのちりばめ具合が、これまた適度である。
まいったなあ・・・
『暗黒童話』 集英社文庫 2004
暗黒、である。童話、である。それぞれの持つイメージからも遠いところにある語であるが、
これほど乙一の特性を表した言葉はないのではないか。そして実際、乙一らしさをたっぷり堪能できる作品であった。
まず、人間語をしゃべることのできる鴉と両目のない少女の童話が紹介される。
鴉がせっせと運んでくる目玉を『つめもの』のように空っぽの眼窩にはめると、少女には、
その目玉がみていた風景を夢としてみることが出来る。。。。。わあ。グロだよ。ブラックだよ。
しかも、童話だから、これは作り物です、という記号が働いている。
続いて、事故で片目と記憶を失った「わたし」が出てくる。ここからが、メインストーリー。
眼球の移植手術を受け視力は回復したが、記憶は戻らない。
周囲は、以前の活発で優秀な「わたし」を知っているのに、「わたし」にはまったく覚えがない。
まわりに透明なバリアが張られたような、だれにも受け入れてもらえない、居場所のなさ・・・
ここいらの描写は乙一の真骨頂。
やがて、ふとしたときに、左目の持ち主だった少年が見ていた光景がフラッシュバックのように
よみがえることに気づく。
記憶喪失の少女が、死亡した少年の記憶をたどっていくと・・・
ミステリーお約束、伏線やトリックが巧妙に張りめぐらされているし、トーンはずっとグロで暗黒なんだけど、
それでもなおかつ読後感がせつなく爽やか。というのも、テーマが回復。
グロと回復という、どう見ても融合できそうもないネタで、これだけ引き込まれちゃうんだから、
しかもこれが『GOTH』より前に書かれた、初の長編なんだから・・・もう、乙一ったら!