オーボワァール パリ



ロッテルダム <7月19日>

オランダは雨の多い地域だが、この日はめずらしく快晴。
アパートの窓から下をみおろした三女
「わあ、都会だ」
「えー!? パリのほうがずっと都会でしょう」
パリは建物保存の規制で、高いビルが建てられない。大きな看板も付けられない。
どっちを見ても、ちょっとくすんだ石造りのフランス窓の、同じ高さのビルがならぶパリと比べると、
ロッテルダムは爆撃で街が破壊されたおかげ(?)で、近代ビルがニョキニョキと林立しているし、道もきれいに整備されている。
たしかに、都会的である。

路面電車に乗って、古い風車が残るキンデルダイク行きの乗船場にむかう。

天気がいいので上のデッキに座る。
飲み物や軽食を取りながら、下流にむかって約一時間の船旅である。

    
 
左右の川岸に、こんな建物や、こんな洒落た家が見える。
風景を楽しむうち、船着場につく。
世界遺産、キンデルダイク。

  

まっすぐな一本道が一キロほどのびている。歩くほどに、だんだん風車が近づいてくる。
のどかだ。

風がないので風車が動かないのが、ちょっと残念だが、どっちをむいても絵になる風景がひろがっている。

    

 
一軒、内部を公開展示している。入場料 一人3ユーロ。
中は三階だて。
 
      

狭くて急な階段で区切られて、それぞれの階に、これまたコンパクトなベッドが作りつけられている。
のどかに見えるが、風車は水をくみあげるためのものだという。
ところで、くみあげた水はどこへいくんだ? 川に流される? 日本語の説明書を買って読んだが、いまいち、わからない・・・
なんにせよ、Netherland  国全体が低地だということが、タリスの車窓からみても、よくわかるし
長い間、水との戦いが続いていたのだろう。

キンデルダイク半日の旅に行った以外は、買い物にいったり、掃除したり、あとはごろごろと過ごす。



帰国  <7月21日>

パリに戻るため(往復チケットなので、同じ空港を使わなければならない)、
ロッテルダム 10:54発のタリスに乗車。今度は一等車。

     

座席シートも上等だし、飛行機みたいに、ドリンクや昼食のサービスがある。
↓  飛行機と違うのは、全部、冷たいこと。



さらに、パリ到着時のタクシー手配もたのめる。
二女に、タクシー乗り場に行くより予約した方がいいと教えられていた。 さっそく、予約を頼む。

通路の向こうに、若夫婦がすわった。
いま、ロッテルダム駅で手を振って別れた孫と同じくらいの坊やを連れている。
坊やは、あちこち興味津々でよちよち歩いたり、ほかのお客に遊んでもらったりしていたが、
そのうち眠くなってきたらしく、すこしぐずりだした。
食事についていた白い紙ナプキンでツルを折り、ヒラヒラと羽ばたかせて子どもの気を引きながら
お母さんにわたすと、お母さんは
「オー! ビューティフル!」 にっこり。
さっそく、坊やを抱き寄せると、顔の前で折り鶴を、ヒューン、ヒラヒラ〜 
あやしているうち、坊やはこっくりこっくり、スヤスヤ zzz
パリでおりるとき、お母さんは、わざわざ「さっきはありがとう」と声をかけてくれた。
「ユーアー ウェルカム  ハブ ア ナイスデイ!」
「ユーツー!」
小さな親善外交。

パリ北駅、到着。
乗客のほとんどはおおきな荷物がある。駅員が手伝ってくれるが、それでも、降車に手間取る。
タクシー予約と書かれたカウンターに行くと、運転手がおおぜい待機している。予約の半券を見せ、運転手の案内する方へついていく。
地下に、予約タクシー専用の駐車場があり、スムーズに乗車できた。
なるほど。流しのタクシーを待つより、便利だ。
シャルル・ド・ゴール空港まで、一時間弱。約50ユーロ。
航空券を見て、搭乗デッキに一番近いところにつけてくれた。


<ちょっと不思議なハプニング>

順調に搭乗がすみ、いざ、機が動き出したと思うと、
「お客様が一人、搭乗していないが、その方の荷物がすでに搭載されている。
保安上、その荷物を降ろすので、しばらくお待ちください」とアナウンス。
飛行機は、往復とも、JALとエールフランスの共同運航。
アナウンスでは、エールフランスからの連絡では、というようなことを言っていたが、機はJAL機だ。
では、どの部分がエールフランスなんだろう? 乗務員?
しばらくして、アテンダントが
「○○さま〜 ○○さま、いらっしゃいませんか〜」とコールしながら、通路を小走り。
つぎに、今度は、カウンターを手に、カチャカチャカチャカチャ、乗客の数を数え始める。おいおい、だいじょうぶか。
乗客は、辛抱強く静かに待っている。

ずいぶんたってから
「大変長らくお待たせしました。一人、カウントされていなかったのですが、全員おそろいでした。
念のため、お客様と荷物をすべて数えなおしをしたため、時間がかかり、遅くなりました。
すべてのチェックがすんだので、離陸します」と、またアナウンス。
なぜだ? 搭乗券は一人ひとりカウンターを通すし、そのあと、乗り口の前でもパスポートと搭乗券をチェックしてたし。
すでに一時間以上も遅れている。
水平飛行になり、サービスがはじまったが、大幅に遅れたため、アテンダントはバタバタ急いでいる。
普段なら、ドリンク、食事が別々に運ばれるのが、一挙にサービス。
「もうっ! お客様に対応するのは、こっちなんだから!」って、キャビンでグチってるよね、とOLの三女。
「どうして、一人カウントされなかったのですか? ふつなら考えられないけど、コンピューターの不具合?」
アテンダントの一人に聞いたが
「わたしたちもキツネにつままれたようで。エールフランスから連絡が・・」
ということは、このアテンダントはJALの人だよねえ。
というか、全部、エールフランスのせいにしてないかい(笑) 
共同運航のシステムがよくわからないが、だいじょうぶか、ニシマツ君。


<おまけの感想>

ロッテルダムのアパートで、少しだけ家事の手伝いをした。
不慣れなせいもあるが、キッチンの調理台がせまいし、電気調理器の火力が弱くて使いにくかった。
そうか、こっちでは煮込みかソテーくらいしか料理をしないのだね。
日本みたいに、和洋中、いろんな種類のおかずが日々の食卓に上がる国はないだろうね。
日本の食材が手に入りにくかったり、あっても高かったりするのは想像がつくが、
こうして一般の住宅に寝泊りしてみると、異国での暮らしの、そこはかとない不便さ、不安定感が、少しだが、実感できる。
二女は一年限定だったが、仕事とはいえ、いろんな国を転々と異動する駐在家族はたいへんだろうなあ。
よほどの覚悟と精神力、環境適応能力が必要だろうなあ。
二女一家は、病気も怪我もなく無事に過ごせて、よかったよかった。

最近は日本でも、いろんな肌の人を見かけるようになったが、ヨーロッパを旅すると
いろんな言語、いろんな宗教の人々が入り混じって暮らしていることが実感できる。
ガイドブックには、店に入るときは「ボンジュール」と笑顔で、出るときも「メルシー」とあいさつをしましょう。と書いてある。
そりゃあ、これだけ、いろんな国、民族、風習の人が行き交うのだから、意思表示をはっきりさせないと通じない。
対話のはじめには、わたしはあやしいものではありません。と笑顔でサインを送らなければいけないのだろう。
人見知りで、声の小さかった二女も、以前にくらべて、挨拶や意思表示がはっきりしてきたようにみえる。
わたしも、細かいことは表現できないが、フランス語なら セボン! 中華レストランでは ハオチー!、イタリアンでは ボーノ!
英語なら デリシャス! 
笑顔で示すと、むこうからも満面の笑顔がかえってくる。
人間、だれでも笑顔で挨拶されればイヤな気はしない。
こんにちは、ありがとう、おいしかった、さようなら、くらいの基本的な挨拶語を覚えておくと旅がさらに楽しくなる。

むずかしい外交交渉など、自分の立場や利益を守るべきときは毅然として主張しなければならないが、
人と人のコミュニケーションは、やはり、笑顔と挨拶から。
これは、旅先であろうが、ご近所の付き合いであろうが、基本は同じ。
人は一人で生きられない。
社会の中で生きているのだから。


<小さな土産>

旅に出ると、小さな、小さな土産物を買ってくる。
また、お母さん、ヘンテコなものを。と娘たちに笑われるが・・・

     
   ↑  封筒サイズの紙を開くと       カニ?  ではありません。オペラ座内部です。
                            舞台で演じられているのはアイーダ。





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