タイ ーどっちをむいてもお寺だらけ



*寺めぐり*

ドバイでゆっくり休養したおかげで、すっかり回復し、最終目的地タイへ向かう。
深夜発の便でも、なぜか、夕食が出る。それどころではない。夕食を断り、とっとと寝る。
7時間ほどの飛行で、朝早くバンコク到着。一休み後、市内観光。

タイはどこをむいても、お寺だらけ。
店や家の角には、必ずといっていいほど、小さな祠(というのだろうか、祠というにはきらびやかだが)があり、花が飾られていた。
祠の様子は、バリに似ているが、バリはヒンデゥー教で、タイは小乗仏教。
でも、なんとなく似た雰囲気があったなあ。色使いが似ているのだろうか。

 

タイは、東南アジアで唯一、列強の支配を受けなかった国。
イギリス、オランダ、フランス、といった旧統治国の文化の名残とか、戦争の傷跡といった影の部分がない。
そして、とても親日的。
日本の援助でできた高速道路など、有効利用され、感謝されているらしい。 うれしいことだ。

タイは微笑みの国、といわれるが、まさしくその通りだった。
ホテルスタッフも、売店の人も、身のこなしがとても優雅。
そして、微笑みながら胸の前で手をあわせて「サワディ・カーン(こんにちは)」
(なんと、マックのピエロも、胸の前で手を合わせていた!)
印象的だったのは、物音ひとつたてずに、どこからか近づいてサービスしてくれること。
まるで、猫のよう。
タイ人と結婚した日本人ガイドさんの解説によると、タイ人は、フレンドリーでおっとりしているし、人に干渉されるのも、干渉することも嫌う。
あなたがよければそれでいいじゃない、という気風だそうだ。
いいかも。わたし、住みやすいかも。
葬式の話になって、タイでは火葬したあと、わずかなお骨だけ仏壇に供え、あとは海か川に流す。
お仏壇には毎日花や線香を供えるが、お墓は作らない。
それも、いいかも。
小乗仏教だから、なんとかの肉を食べてはいけない、などという戒律もない。
黄色の衣を着た僧を見かけたが、出家しないと一人前とみなされないから、20歳くらいになると出家する。
しかし、せいぜい一週間くらいだというから、とうてい悟りをひらけるほどではないだろう。
なんとなく、いろんなことがゆるやかな社会らしい。
それも、いいじゃん、いいじゃん。


まず王宮に向かう。各代の王宮や寺院が、きらきらと輝きながら立ち並んでいる。

  ← エメラルド寺院。

屋根につきだしたカーブは、寺院を守るという蛇をあらわしている。
 

カンボジア様式、クメール様式、なんとか様式などあるが、どれもキンキンキラキラ、黄金色。
でも、鮮やかな色どりが、澄み切った青空に映えていた。



 


『王様とわたし』のモデルになったラーマ五世は、ちょうど明治時代にあたるが、西洋の文化を積極的にとりいれた、いわば西洋かぶれ。
だから、王宮もベルサイユ風にしたかったらしいが、周囲の大反対で、屋根だけタイ風。

 

たしかに、ヘンだが・・・日本だって、鹿鳴館とか赤坂迎賓館とか、同じようなものが・・・


ワット・ポー  涅槃仏。
黄金の仏様がながながと寝ている。
観光客の多さと、ちょうど改修中でやぐらが邪魔で、全体像は写せなかった。
そのかわり、足の指紋と偏平足の足裏。

 

 

涅槃仏の周囲には、こうした小さな仏像がいくつもあり、それぞれに花や線香が手向けられていた。

ここは、タイ式マッサージの学校でもある。

このあと、ここの卒業生によるタイ式足裏マッサージ店に案内された。
一行、10数人、そんなに大勢マッサージ師がいるのかしらん。と思いながらバスを降りる。
温泉の流し湯のようなところで足を洗ったあと、二階に連れて行かれ、パジャマのようなズボンにはきかえるよう指示される。
更衣室をでると、廊下の反対側に、薄い壁をへだてて、細長い部屋が3室。そこに、ずらずらっとマットレスが10枚。
指示されたマットレスにあおむけに寝転び、いっせいにマッサージを受ける。
たこ部屋というか、魚市場にならんだマグロというか・・・・
いっせいに、足の裏をぐいぐい。ふくらはぎをぐいぐい。ひざを折り曲げて、ぐいっ。
目をつぶっていても、横にならんだ人の気配が伝わる。なんだか、可笑しい。
合図されて、今度はうつぶせに寝る。
腰や背中を、ごしごしぐいぐい、さらに全体重をのっける(わたしの担当は、けっこう、大柄な女性だった!)。
両手を後ろにひっぱられる。背中を斜めにぐいっ。首をぐいっ
ううっ。気持ちいい、痛い、気持ちいい〜っ
終わって下に降りる。みな、へろへろのよれよれ、とーろとろ、という顔。可笑しい。
施術時間40分、日本円で約3500円。


*宮廷舞踊*

夜は、宮廷舞踊を鑑賞しながらタイ宮廷料理を楽しんだ。
タイ料理といえば、トムヤンクン、タイカレー。甘くて酸っぱくて、辛い。香草が・・・というイメージだが、宮廷料理はマイルドで上品。
そして、指をそらせ、体をひねった、独特の身のこなしのタイ舞踊。
やはり、ルーツはちかいのかも、バリ島の舞踊と似ている。

   


ラーマヤナの伝説をもとにした舞踊劇。

 

 左の男性がラーマヤナ王子

 これが、后

 

隣国の悪王に、后が襲われるが、仏さまのご加護、 部下たちと一緒に悪王を退治する。めでたしめでたし。
というあらすじらしい。
后役を演じたのは、最初女性かと思ったが、どうも男性らしい。すごく美しい。ニューハーフか?!



*アユタヤ*

翌日は船でメコンをさかのぼってアユタヤへ。
ちなみに「メコン」というのは「川」という意味だそうだ。
だから、正式にはメコン・なんとか、というのが正しい言い方。
で、なんとか川を、のんびり2時間ほどかけて、航行する。
船のへさきにも、仏と花がしつらえてあった。

 

デッキにあがると、気持ちがいい。しかし、眺めても眺めても、寺院がある。

   

  ← 三島由紀夫の小説『暁の寺』に登場する寺。

船中で、早めの昼食をとり、ようやく到着。


タイ全土に寺院はあまたあるが、こういった侘び・寂びの風情がある遺跡には、歴史的背景がある。
仏像には金箔が施されている。特に頭部には金をふんだんに使っている。
数百年前のクメール王朝時代、その金を奪うためビルマに侵攻され焼き払われた、その遺跡だそうだ。
え? ビルマも仏教国だよね。ちょっとびっくり。
だから、そのあとビルマは仏罰を受け・・・とタイ人は内心思っているそうだ。

 

 
 ↑ NHKで紹介されて、アユタヤの象徴のようになった、木にとりこまれた仏頭。

 

 


クメール王朝、末期の宮殿か寺院の跡。
ここも、無残に焼き尽くされている。

 

 


遺跡見物のあとは、象!
「星になった少年」のような象使いの少年がのった象が、まるで客待ちのタクシーのように並んで待機している。
立ったままの状態で乗れるのと、おもったほど揺れがないことから、ラクダよりずっと楽だった。
♪ぞうさん、ぞうさん、おはながながいのね のリズムがちょうどぴったり合う揺れ具合。

 

 

 

 ↑ 互いに撮影するため、客のデジカメを交換。象使いは、デジカメだって扱えるのだ。

売店では、象の糞を漉して作った紙製品を売っていた。
たしか、これ、日本人が指導し、売り上げは象の保護に使われるんだよね。
早速、お買い上げ。


*水上マーケット*

メコンデルタに位置するバンコクでは、もともと町中に水路が網の目のようにはりめぐらされていた。
車が発達する前はずっと、小船が庶民の足だった。
いまでも、水上バスは市民の足になっている。

しかし、いまや小船をあやつっての物売りは、バスで2時間近くも走らねば見られない。
というわけで、北へむかう。道沿いに、塩田がたくさんあった。
暑い国だから、すぐ乾くのだろう。土色の田んぼ、白がかった田んぼ、真っ白な田んぼ、が続いていた。

  


バスをおり、車のエンジンつきの小船に乗る。
家やヤシ畑や草地のあいだを縫って、小船で走ること、約20分。

  

  風水とかで、祠の場所は決まっているのかな?

  歩道橋


と、そこまでは、人々の生活のにおい、息遣いが感じられ、楽しかったが、
・・・やっぱりというか・・・船がついたところは、大きな土産物売り場。その周囲にだけ、小船が集まっていた。
いまや、水上マーケットは完全に観光用だった。

 

 

10年以上前に来て、水上マーケットを楽しんだ人は、イメージが違う。と、がっかりしていた。

でもまあ、こんなものも売ってたりして、面白かったけどね。

 ← チョウチョ。クモ。コウモリ。サソリまで!

半日かけて行くほどのものかどうかは・・・
ベトナムの水路のほうが、ひなびた風情があったような。
でも、あそこも、あっというまにイメージが変わってしまうのかも。


それより、ほんとは、こういう庶民の町を歩きたかったけど・・・・時間がなかった。
タイは近いから、また、行きたいな。 格安ツアーで、勝手気ままに歩き回る旅に。

    



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