[日本文学 − や行]
山田詠美 『ひざまずいて足をお舐め』 新潮社 1988
自伝的小説。SMの女王として働きながら人間観察している詠美の、文壇デビューから直木賞受賞までを、
忍姉さんの目を通して語る。いいなあ、詠美。。
自分をよく知っている、自分を観察分析できる目を持っている。
そして、なにより自分を愛している姿が好感。
山田詠美 『色彩の息子』 新潮文庫 1994
色にまつわる短編12編。嫉妬・自己愛・身勝手さ・過剰な愛・・・・
心理の綾がちょっと恐かったり、悲しかったり。
でもちょっとパターンというか平板だったかな、全体的に・・・
山田詠美 『風味絶佳』 文芸春秋社 2005
サラリーマンや知的労働者ではない、いわゆる肉体労働者や職人 + ままならない恋模様 + 食べ物、
という三つのモチーフをからませて、それこそ肉体派山田詠美の面目躍如、職人技ともいえる美味しい短編集。
「間食」 鳶職の雄太は、仔豚のようにころころとした女子大生・花といちゃついている。
それは、身の回りからなにからなにまで世話してくれる年上の加代の暗黙の了解のもと。
雄太は、加代の手のひらの中にいる。
そして、花は・・・
「夕餉」 世間的にステータスのある家庭を捨てて、ごみ回収の作業員のもとに走ったわたし。
毎日毎日、彼に美味しい料理を食べさせる。
ここに出てくる料理が、また、美味しそうなんだ!
「風味絶佳」 大学進学ではなく、ガスステーションに就職することを選んだ志郎を応援してくれたのは、グランマ。
志郎はグランマにいろんなことを仕込まれた。
レディファーストのマナーもキャラメルの味も。でも、恋の味は・・・
志郎は、「ぼくは勉強ができない」の秀美クンのようなタイプの青年。
グランマが、かっこいい!
「海の庭」 わたしの高校入学を待って、パパとママは離婚した。
ママとわたしは、ママの実家に引っ越すことに。
引越し当日やってきた作業員の一人は、ママの幼馴染・作並くんだった。
それから、ん十年ぶりに、ママと作並くんのもどかしいような行き来がはじまる。
これは、ちょっと児童分文学に近い。
「アトリエ」 ビルの排水槽、汚水層などの管理をする家業を継いでいる私は、作業にいった先で麻子と出会いました。
およそスナック勤めが似合わない、暗い子でしたが・・、と、一人称での語り。
それが、どうも雰囲気がおかしい、と思っていると・・・
これは、かなりずっしり重い。
「春眠」 大学のクラスメイトでひそかに好意を寄せていた弥生が、まさか、よりによって親父と再婚するなんて。
弥生は俺の妹に言ったそうだ。人生って、ままならないもんだねえ。
仕事に対する真摯さ。
体を使う仕事人の、体温や汗の匂い。
恋をする一途さ。周りが見えないほどに恋におぼれる愚かにも美しいさま。
ああ、いいなあ。これぞ、詠美の真骨頂。
山田詠美 『晩年の子供』 講談社文庫 1994
表題作はじめ8編。
後書きによると筆者は父親の転勤にあわせて、いくつかの地方都市に移り住んだらしい。
なかでも磐田市が想い出深いと。
へえ。そうなんだぁ。
どの作品も、のどかな自然をバックにした、学校の友達とのやり取りや、
あるいは近隣のおじさんおばさんを観察した、いかにも詠美らしい、技巧に満ちた洒落た短編。
子供だからって軽く見ると実は大人顔負けの観察や思考をしていたり、でも、やはり経験値の低さから、
一定のところまでしか大人になりきれてない。
そんな危うさが、よく出ている。
甘さと苦さ、お洒落とマジメさ、自然描写と心理描写、ちょっとレトロな筆致だが
ギリギリわざとらしさを回避している・・・絶妙なバランス。
これ、むずかしい語を開くとか、表現を変えれば、立派な児童文学なんだけどなあ。
でもやっぱり、ある意味ノスタルジックに、ある点では鋭く子供の情景を切り取った、大人の文学だなあ。
山田風太郎 『八犬伝 上下』 朝日新聞社 1983
おなじみ八犬伝のストーリーを簡略に紹介する「虚」の章と、馬琴が北斎、その他に
「こういう筋道だがどうだろう」と語ってきかせる「実」の章。
交互に物語が展開する。
ラストの合戦部分だけで原稿用紙換算千枚にものぼるという長大で、やたら説教臭い
元ネタを
うまくかいつまんで紹介しつつ、馬琴の実生活とクロスオーバーさせていく。
この手法に、まず感心した。
「虚」の部分の、うじゃうじゃでてくる人物や背景は、すでに浜版でインプットされていたが、
とうぜん、はしょり方、料理の味付けがちがうから、それぞれに楽しめた。
「実」の部分、実に28年がかりで「八犬伝」を完成させ馬琴の人生。
傲慢で偏屈で完璧主義で粘着質で・・・実社会と戦いながら執筆する姿は痛々しくも、滑稽なほどに壮絶。
しかし、無筆の嫁が盲目となった馬琴から字を習いながら完成に導いたラストは
清々しい光に満ちている。
ここに至るまでの長い長い道のりを思うと「聖戦」という表現は
けっしてオーバーではない。
全体を通して、虚と実(創作と生活、創作上の虚実)が主旋律。
サブストーリーに、北斎、南北、鈴木牧之、渡辺崋山からネズミ小僧まで登場し、
リアリティと深み、
さらに、ミーハー的関心をそそる。ここらあたりがうまい!!
読了後、大興奮であった。
山田風太郎 『警視庁草紙 上下』 河出文庫 1994
よくも詳細に、風俗世相、時代背景から御家人や政府官員の心理まで活写したものよ。と感嘆。
なにしろ、大久保利通、西郷隆盛、江藤新平は言うに及ばず、
高橋お伝から少年時代の夏目信之介、
樋口一葉、幸田露伴、森鴎外と賀古鶴所、あげくは鴎外の「雁」にでてくる親子まで登場させてしまうのだから、
しかもそれがちゃんと時代考証に合致しているのだから、もう恐れ入って口あんぐり。
この2冊の後ろにどれほどの資料と知の蓄積があるのか、ただ呆然。
ストーリーの流れとしては、最後の南町奉行でいまは隠居の駒井とその家に出入りする元御家人の
千羽兵四郎コンビと警視庁大警視の川路利良の対決、という構図になっている。
個々の事件の謎解きはそれほど難しいものではないし、講談調の語りでテンポよく運ばれて、すいすいと軽く読める。
とはいえ、全体が長いし登場人物も多いので、白状すると途中で少々ダレた。
しかし、ラスト近く、思わずあっと背筋を伸ばし、叩頭した。
川路「手段をえらんでおっちゃ、至高至急の国家の目的が果たせんでごわす」
駒井「至高至急の国家の目的とは?」
川路「(略)弱肉強食は世界永遠の相でごわそう。その世界に日本が生き残るにゃ、
寸刻も争そって富国強兵を計る一途しかなか」(略)「その体制を作るのにじゃまになるやつどもは、
阿修羅と化してもたたきつぶさねばならん」
駒井「あんたのいうことはよくわかる。日本は西洋のために変わらせられた。
むりむたいに女にさせられた娘のようなものじゃ。(略)
しかしな、権謀によってそういう間に合いの国を作っても
(略)
長い目で見て、やっぱりいつの日か、必ず日本にとりかえしのつかぬ不幸をもたらしますぞ」
これが言いたかったのだ。こんなに面白い活劇を繰り広げた芯の芯は、この数行なのだ。
いろんな意味で圧倒された。しかし、この時代に興味のない読者には、ダレるかも。
山田風太郎 『魔界転生』上下 角川文庫 2002 初版1992
徳川幕府によって鎮圧された島原の乱。
皆殺しになった島原城から落ちた影は、森宗意軒と二人の女。
その女の体をぶち破って転生したのは、死んだはずの荒木又右衛門。
森宗意軒の術によって、死を目前にしてなお、屈折した怨みや今生に果たせぬ思いを抱いた
剣豪たちが、次々と転生していく。
剣豪の名は宮本武蔵、柳生但馬守・・・。そして,妖しの忍法を使う美少年天草四郎。
目的である徳川幕府転覆達成のため、なんとしても柳生十兵衛をなかまに引き入れたい。
しかし、十兵衛には果たして魔界転生してまで遂げたい思いや怨念があるだろうか・・
いやあ、エロ・グロ・ナンセンス・荒唐無稽もここまでくると笑うしかない。
なんせ、陰謀・罠・罠と知りつつ敵地へ・窮地に追い込まれての逆転・信頼と熱情・・・・
面白さテンコモリ。ハラハラドキドキの連続。痛快でマンガチック。
そして、十兵衛の飄々・芒洋としたキャラがいい。
実在の、しかも映画や小説などでお馴染みの、もう国民的に広くイメージが浸透している剣豪たち、
その固定したイメージを逆手にとって使い、なお、大きく自在に動かしている。
なおかつ、史実や時代背景とも整合しているらしい。やっぱりすごいわ、風太郎。
山田風太郎 『柳生忍法帖 上下』 角川文庫 1984初版
会津藩の馬鹿殿さまに諫言した家臣たちは、娘や妻たちの目の前で無残な殺され方をする。
その無念を晴らし、仇を討ちたいとする女たちのため、沢庵和尚と柳生十兵衛が立ち上がった。
R15指定と言いたくなるほど、目を覆いたくなるような残酷な殺戮や、想像を絶する淫乱きわまりない場面の連続なのに、
どこか
ユーモラスで可笑しいのは、十兵衛のいたずら坊主のようなキャラが魅力的だから。
爽やかなのは「あの女たちを見殺しにして、なんの士道、なんの仏法。
士道なくしてなんの徳川家・・・・」
という筆者のゆらぎのない倫理観があるから。
山田風太郎 『くの一忍法帖』 角川文庫 1983初出
秀頼と政略結婚させられ、大阪城落城のあと江戸城に連れ戻された家康の孫娘、千姫。
千姫というだけで、すでにあやしい伝説的匂いがたちこめるが、それに付き従った侍女の中に、
秀頼の胤を宿した「くの一」が、なんと五人もいるという。
その胤を、千姫には悟られないように、葬るよう指令を受けて、五人の伊賀者が動き出す。
5対5の忍法合戦だけでも、よくもまあ!と絶句するほどエロくて面白い技の連続。
歴史上の人物や伝えられている出来事をうまーく使って、エログロでたっぷり味付けし、
家康という「権威」の醜さをこきおろす、胸がすくような冒険にしたて、最後は千姫たち女性の思いにホロリとする。
ほんと、すごいわ、風太郎。
山田風太郎 『戦中派不戦日記』 講談社文庫 1985年初版
幼くして両親を亡くし、ニヒリズムと愛への渇仰という、屈折した思いを底に抱く若き医学生が観察した昭和20年。
空襲警報、乏しい物資、意気燃える学生たちの稚気、東京大空襲、長野での疎開授業、
そして、敗戦の詔勅、無蓋列車での移動、焼野が原になった東京で見た進駐軍と空腹の日本人・・・
よくぞ、これだけ詳細に、しかも客観的に記録したものよ。本人の記述に加えて
新聞記事やビラまで書き写してあり、
特に空襲や敗戦前後などは、まるでドキュメンタリー映画を見ているよう。
その複眼的観察力と、無駄のない描写、いや、活写に感嘆。
日本人感、世界情勢の分析など、今でも通用する、というか、変わってないことにも驚かされる。
時に熱くなることがあっても、本質的に冷静である。ニヒリストである。自分自身も客観的に分析するし、
相手が熱くなればなるほど覚めた目で見、クールに論破する。(ちょっとイヤミな奴でもある)
周囲が熱いと孤独を感じ、自分が淋しいときは周囲に気づかれない。
青年期特有の青さがあるとしても、人並み以上に感受性が強く、常に寂寥感が流れているのが痛ましい。
そして、こんな緊急時にあっても、芝居や映画を見たり、床屋談義があったり、笑い(運命を笑う、など)があったり、
など、人の営みがあったということに、あらためて気づかされる。
非日常、緊急事態の中にあっても、人間の営みは営々として続く。
そして、結局、それが時代を動かしているのだな。
山本一力 『あかね空』 文芸春秋 2001
京で修業を積んだ豆腐職人の永吉は、身一つで、江戸に下り、深川の長屋に小さな店を開いた。
江戸と京の好みの違いに悩みながらも、恋女房のおふみといっしょに懸命に働き、次第にお得意さんもふえた。
その影には、ひそかに二人を応援する人たちがいたりして、いかにも人情あふれる市井もの。という前半。
しかし、おふみは、長男ばかりを溺愛し、二男や末に産まれた娘には、目もくれない。
まっすぐで前向きな下町の娘だったのに、なぜか、そこだけは永吉の言うことを聞かない。
あれだけ仲良かった夫婦の仲も、しだいに冷めていく。
愛情をかけすぎても、かけられなくても、子どもたちは、それぞれにゆがんだ屈託をかかえてしまう。
長男勘当、栄吉の急死、二男の嫁とり、・・・まっとうな仕事をし、
まっとうな商売をしているのに、家庭のなかは、大波小波がつぎつぎ襲ってくる。
そして、おふみの死を待っていたかのように、とうとう、長年の商売敵が牙をむき出した。
最後の大団円なんて、まあ、うまくできた話。
不器用な職人気質、下町のきっぷのよさ、影の人たちの人生、などなど、
ものすごーく定石通りに展開していく。
なんて思いながら、どこか心地よい。ついつい、引き込まれて一晩で読みきってしまった。
でも、やっぱり、おふみの子どもたちへのかたよりは、説明はされているが、どこか納得がいかない。
山本周五郎 『つゆのひぬま』 新潮文庫 1972
岡場所ものである表題作、男女の愛のねじれを修復するまでを描いた「水たたき」「凍てのあと」
ほか、ユーモアものなど9編。
山本周五郎 『日日平安』 新潮文庫
表題作はじめ11編
「日日平安」浪人菅田平野が、某藩のお家騒動に巻き込まれ、それまで浪々の日々で得た知恵と、
生来の飄然としたキャラで大活躍する。これが「椿三十郎」の原作らしい
「城中の霜」安政の大獄で死罪になった橋本佐内の切腹の模様をめぐる話。
「水戸梅譜」戦前の、時勢に沿って書いた(書かざるを得なかった)作品らしいが、
そういう背景なしでも、今も通用する。志を貫いた生き方。
「屏風はたたまれた」家柄がよく、秀才で剣もたち、そのうえ縁談が進んでいた弥十郎のもとに、
繰り返し付文が届くようになった。と同時に、なぜか、縁談は延期になった。付文の相手は。。。
「橋の下」友人との果し合いのため、早朝の川原に出むいた侍は、乞食の夫婦とであった。
「若き日の摂津守」幼少のころから知恵がおくれ愚鈍とされた摂津守。
それは、命を守るためにと躾けられたよそおいだった。
「失蝶記」尊王か、攘夷か・・同じ藩内、同胞のなかでも見解がわかれた時期。
事故で聴覚を失った私は、あるはかりごとにはめられ・・・
独白と客観描写を交互に重ねるという手法で重厚さが出ている。
以上が武家もの。
「嘘ァつかねえ」「しじみ河岸」「ほたる放生」「末っ子」が市井もの。
いずれも、端正で味わい深い。
柳美里 『魂』小学館 2001
新聞に「本を書くのに適した人=世の中に怨みつらみを持った人。
自我意識が強くて協調性がなく、
他人の話は聞きたくないけど自分の話は他人に聞かせたくて仕方がない人。」とあった。
まさしく。母親からのファクスに「貴女の感情の高ぶりについていけないというのが周囲の状況です」
とあったが、まさしく.
読後、疲労感が残る。
横山秀夫 『半落ち』 講談社 2002
温厚で篤実な警部梶聡一郎がアルツハイマーの妻を殺し自首してきた。
梶の自供になんの矛盾も齟齬もない。
殺害から自首までの空白を除いては。
刑事。検察。記者。裁判官。弁護士。刑務官。それぞれが梶の完全黙秘の理由を探る。
これは、人情物と思って読んだほうがいい。ミステリーと思って読むとイライラするかも。
それにしても、空白の理由が納得できなかった。
吉行淳之介 『夕暮れまで』 新潮社 1978
再読。エロチシズムと粘着質は時代を越えて健在なり。体中を嘗め回されてる気分になった。
しかし、違和感はぬぐえない。
時代の移り変わりによる性意識の変化・・というより、これだけアソコにこだわる女って、当時もいなかったのでは???